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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

江戸のあやかし

江戸の人々の上から下まで殆どみんなが、オバケ・幽霊・怪談を愛好しているのも、考えれば不思議なことだ。江戸の空気の濃い杉浦日向子の『百物語』だけでなく、岡本綺堂・下母澤寛といった幕末の尻尾のつながった人々は、昭和に入っても怪談・奇談を書いている。
しかしオバケ系が好きな人とそうでない人との比率はどうなのだろう。
わたしは夏になるとオバケ屋敷に行かずにいられないし、怪談がムショウに恋しくなるし、昔の日本映画や芝居が見たくなる。
尤も年柄年中、ヒトサマに怪談をするのがシュミなわたしは、年中無休のオバケファンなのだろう。
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太田記念での展覧会は、学生からご年配の方まで熱心に見て回っていた。そう、みんなオバケつながりかもしれない。
オバケや妖怪・幽霊の絵が多くなるのは絵師の力だけではなく、その当時の読み本や芝居の影響が強いことを踏まえねばならない。
実を言うとわたしが歌舞伎にのめりこんでいたのは、子供の頃から時代劇が好きだというのもさることながら、浮世絵などで興味を惹かれ、元ネタが何かを知りたくて、そこから入っていったのだ。歌舞伎と浮世絵との密接した関係を無視するのは、楽しみを減らすことにもなる。単に絵だけの楽しみもいいけれど、背景を知ることでいよいよ面白味が深まるのだ。
太田の拵えた図録は実は全品載ってないので不完全なのだが、はろるどさんによると完売したらしい。凄いですね、うむむ。(わたしも買うた)
思い出したが、数年前板橋区美術館で『あの世の情景』とかオバケ関係の展覧会があり、どちらも図録は完売していた。やっぱりみんなオバケが好きなのだなー。
その本、北斎ゑがくところの百々目鬼を表紙にしている。(関係ないが百目鬼と書いて確かドウメキと読む姓もあったと思う)
これはメスのオバケだが、オス版も見たことがある。そのときの北斎の号は▲▲▲▲だったので、「そのままやん」と笑ってシマッタ。

太田はご存知のように第一室入ってすぐ左側に畳敷きの床の間風な場がある。ここには肉筆画と決まっているが、今回はオバケの肉筆画がある。
ナマな勢いのあるオバケが現れている。水色を使うのも面白い感じ。なかなか楽しい。
いかにも鳥居派の絵で、金時と妖怪。古今、豪傑の前にはオバケが出るものと相場が決まっている。稲生平太郎くんの経験した毎日オバケ訪問とか・・・。

オバケと幽霊と妖怪は違う。種類の違いは出自と精神性によるのかもしれない。この話を進めると民俗学に入り込むので、今回はパス。
昔、『オバケを探検する』といういい本があった。その中で当時11歳の少年が面白い意見を寄せていた。
「僕の考えでは幽霊は恨みを呑んで死んだ人がなるもの。では妖怪とは、水木しげるが考えたものだと思います」
読んだ当時は感心したが、それから20年後にVOW誌でこれが取り上げられているのを見て、今度は笑ってしまった。

閑話休題。
幽霊になるのは多いが、人間から妖怪になるのは少ない。(人間になれなかった妖怪人間というのもあったな)
崇徳上皇、こちらは幽霊ではなく妖怪である。江戸時代、上田秋成『雨月物語』の『白峯』、滝沢馬琴の『椿説弓張月』などで日本の妖怪の総元締めとして活躍を見せてから、妙に人気が出た。
そのために読み本系を元にした絵などでは天狗の姿をして描かれている。
歌舞伎の方でも大南北と仰がれる四世鶴屋南北が奔放な想像力のままに、幽霊も妖怪も生きたニンゲンも入り乱れた、凄まじくエネルギッシュな芝居を描き出した。それが許されたのも化政期という時代性があったればこそだろう。

おもちゃ絵の芳員によるおばけ双六が楽しい。色んなオバケ世界のスターたちが連なり、上がりが古御所の妖猫である。上がりであっても助かるわけではないのだよ。

刑部姫は好きなキャラだ。なんしか子供の頃から白鷺城(姫路城)の物語が好きだった。伝説では宮本武蔵が天守閣に登り、鏡花の戯曲『天守物語』では富姫と図書之助の愛の物語になる。
ここには楊洲周延(橋本周延)の刑部姫がいる。蹲踞するのは宮本武蔵。

狐火コーナーでは広重の王子狐と芳年の白蔵主が出ていた。どちらも別な場でも見ている。版画はこんな時にいい。

豊國を名乗った頃の國貞の化け猫絵がいい。白須賀。因幡之助と猫塚の化け猫。
この摺りは見事だった。因幡之助の太刀の柄が鮫肌だということまでわかる。画像では見えないが、摺りはそこまで見せてくれている。化け猫は鉄漿のブラシを手にしているが、猫耳のほわっとしたところまでリアルだ。これは『獨道中五十三次』(ひとりどうちゅう・ごじゅうさんつぎ)の芝居だと思う。

累(かさね)が出ている。日本三大幽霊といえば、お岩さん、お菊さん、累である。
勝川春好のそれは歌舞伎の『色彩間刈豆』(いろもよう・ちょっとかりまめ)ではなく、タイトルを忘れたが台詞だけ覚えている芝居の1シーンだ。伊達家の騒動と絡ませた話だったが・・・
「いや申しこちのひと、わたしゃお前に願いがあるが」「ウム、改まった女房どの、ソリャ願いとは何ごと」「日頃お前の言わしゃんすには鏡を見ては添うてはおれぬ、暇やろうと・・・わたしゃその鏡が見とうございます」・・・要するにあばた面の女房にそれと知らせぬようにした周囲と、その本人との相克がここにある。初めて鏡を見て己の醜さに仰天した女房と、忠義のためにその女房を殺そうとする相撲取りの夫との諍いが描かれている。だから女の手には鏡があるのだ。
一方北斎の累は、祐天上人の前に現れる怨霊のそれであり、彼女はこの上人により解脱する。
目黒の向こうの祐天寺とは、その上人ゆかりの寺なのだ。
(後日タイトルを調べた。『伊達競阿国戯場』(だてくらべ・おくにかぶき)だった)
これは四世幸四郎と四世半四郎だが、次代の五世同士(鼻高と目千両)のかさねを描いたのは、豊國だった。こちらは早稲田演博にある。
そしてそれを見立て絵にして國貞も描いている。

近代で知盛と平家の亡霊を描いたのは、前田青邨だったが(知盛幻生)、やっぱり江戸時代は色んな絵師が平家の亡霊を描いている。『義経千本桜』での渡海屋銀平 実は 新中納言知盛というのに、観客が熱狂していたからだろう。『船弁慶』も人口に膾炙していた。
國貞も芳年も描いている。芳年は月百姿シリーズの一枚。

びっくりしたのは懐月堂安度の『大江山』だった。えーっという感じ。金をちりばめてシンプルな構成にしている。一枚モノの美人画しか見ていないから、こうした絵巻に驚いた。

『木曾街道六十九次』の一枚に一ツ家の鬼婆を国芳は描いたが、この画題は大好きだったらしく、他にもいっぱいある。’93頃か、『上方くだりの細工見世物』展で見たのだが、浅草奥山の細工見世物に一ツ家の鬼婆が出品されて、その当時国芳は実に多くのビラを作った。これらは国立演芸場にも所蔵されているので、時々展覧会がある。
実はこれで伊藤晴雨の凄い作品を見ている。絵も凄いが彼は妊娠中の妻をモデルにして、実録ものを拵えたのだった。


さて妖術使い。江戸時代はやたらめったらその職業(というのか?)のキャラが多かったと見え、色んな絵が出ている。
ポップでキッチュな曚雲国師。「マンガだよな、これ」という台詞が耳に入る。うん、そやねん。一人で呟く。元々『椿説弓張月』は馬琴の奔放な創造力と想像力で描き出された物語だから、キャラも情景も濃いのだ。数年前、国立劇場で見たが、たいへん面白かった。

江戸時代の次に人気があったのは戦後しばらくしてからの東映お子様時代劇の華やかなりし頃か。
北村寿夫原作の『新諸国物語』から『笛吹童子』『紅孔雀』などには必ず妖術使いがいた。
旧幕時代の芳年『豪傑奇術比べ』を見ると、江戸時代の講談・読み物・芝居で大活躍の妖術師たちが集まっている。ちょっとしたサミットのようだ。
『骨寄せの』岩藤、『児雷也』の敵・大蛇丸、『白縫譚』の若菜姫、大盗・天狗小僧霧太郎(つい数ヶ月前、中村橋之助が演じていた)・・・
それにしても天徳がいないな、と思ったら若い頃の北斎が描いていた。天徳は近年では市川猿之助の一座が『天竺徳兵衛新噺』の外題で演じている。仁木弾正もいるのが嬉しい。
(こういう錦絵を見ると、それだけで芝居が見たくなるのだ)

ああ、かなり楽しい展覧会だった。一階の階段下のくつろぎスペースには、可愛い妖怪の絵を和紙にカラーコピーしたものを貼り付けた行燈がいくつか置かれていて、それが楽しみを増してくれる。
出来たら来年もお願いします・・・
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コメント
また、行き損ねたことがわかった展覧会がひとつ・・・ふた~つ・・あ、ちょっと夏っぽくなりました?
面白そうですね。
「叡智の禁書図書館」で知った円朝の幽霊画をみてこの夏はかなり感動したOZです。
遊行さんの考察も大変興味不覚拝読したmした。
日本人お化け、幽霊好きですよね。
で、イギリス人も負けてません。
随分前に家族で行ったイギリス旅行。
ある地方の町ですが、町の観光パンフレットに鼻高々と幽霊遭遇ポイントがいくつも記されてました。
島国は幽霊好き?
アイスランドなんかも妖精(これもある意味妖怪の仲間かも)の宿る岩があれば、そこを迂回して国道を建設したりしますしね。
このあたりどう思いますか?(笑)
2007/09/01(土) 00:42 | URL | OZ #-[ 編集]
東映お子様時代劇ではないですが
私の頃は、ちょうど仮面の忍者赤影が
リアルタイムで、妖術使いにはまりました。
2007/09/01(土) 00:43 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
☆OZさん こんばんは
>円朝の幽霊画
全生庵のコレクションですね。好きですよ♪そこで怪異現象まで経験済み♪
大阪にも融通念仏宗の総本山・大念仏寺に幽霊画コレクションがあり、こちらは夏の一日のみ公開です。おどろですよ~~
>そこを迂回して国道を建設
アイスランドで、ですか。ケルト文化圏でもないのにバイキングの親父たち、なかなかナイスですね。
日本でも東京の将門塚・京都の水無瀬離宮そばの采女塚などがソレです。
イギリスは我が家の自慢に「オバケが出るのよ!」と言ったりしますね。


☆一村雨さん こんばんは
わたしは再放送のクチですが、いまだに「琵琶湖の西」と聞くと必ず、「甲賀幻妖斎!」と口走りますよ。

それで思い出しました。
以前中学に教育実習に行ったとき、意識調査の立会人になりまして、「質問があれば尋ねて下さい」と言った所、一人の少年が真剣な顔をして私を呼び、「ぼく、宗教に悩んでます」
ぎょっとした私に彼は「金目教」と書きました。こら~~~!
2007/09/01(土) 23:51 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
えー、全生庵での怪奇現象?!
聞きたいっ!
ちょっと振ったなら最後までお願いしますだ~(笑)
2007/09/02(日) 16:55 | URL | OZ #-[ 編集]
OZさん こんばんは
ふふふ。去年のお盆の頃、怪談特集した分なんですが、どーぞ~~
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-573.html#more
2007/09/02(日) 18:33 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんばんは、
面白そうな展覧会ですね!
>オバケと幽霊と妖怪は違う。
柳田国男は、一生懸命、幽霊と妖怪をわけようとしていましたね。
僕もそう思っていたので、鳥山石燕『画図百鬼夜行』に幽霊が入っていることに違和感を憶えました。
でも、今では、石燕の考え方の方が伝統的なのではないかと思っています。
前から記事にしたいと思いながら、放り出してあるテーマの一つです。(苦笑)
2007/09/02(日) 23:18 | URL | lapis #e8.b9ePc[ 編集]
こんばんは。

>歌舞伎と浮世絵との密接した関係を無視するのは、楽しみを減らすことにもなる。

まさに歌舞伎や落語に親しむという長年の宿題を抱えたまままったく進歩なしなので・・・。小説のおかげでなんとか少し背景がわかるという程度です。
オバケと幽霊と妖怪はまったく別物でしょう。幽霊とゴーストも違うような・・・。
2007/09/03(月) 01:12 | URL | キリル #pQfpZpjU[ 編集]
☆lapisさん こんばんは
面白かったですよ~こういう展覧会がもっとあればホクホクです。
柳田の苦労は土俗学を民俗学にしようとする辺りの意識にも通じているのかなと思います。
石燕の伝統性、これはこれで深く調べると面白いように思えます。
石燕の考えと、「ゲゲゲの鬼太郎」の頃の水木しげるとは似ているのでは、と考えるわたしです。
つまり「幽霊族」という発想です。石燕もその考えなのかもしれない・・・
どうかぜひ論考を挙げてください。


☆キリルさん こんばんは
やっぱり背景を知る・知らないでは楽しみの大きさも変わりますね。
時代小説家も大変だといつも思います。時代背景とそのときの流行とを踏まえないといけないし。
浮世絵の中でも役者絵は色々制約もあり、そこを掻い潜って描くだけに、「あっこれか!」があって楽しいです。
>幽霊とゴーストも違うような
龍とドラゴンも違う・・・
ゴーストと聞けばすぐにアメコミの「幽霊城のドボチョン一家」を思う私です。
2007/09/03(月) 21:03 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行さん、ありがとうございました。
敏感な方は大変だ(笑)
霊的不感症だと純然と対岸の火事を楽しめて結構でございます。
日本人形は怖いですね。
そういえば一番怖いマンガは山岸涼子の「私の人形は良い人形」でした!
私はアラベスク時代が子供なので、最近のは今ひとつなじめませんが。
でも、彼女の「日出る処の天子」はマイマンガベスト3のひとつです。

ところで解体屋さんの話もなるほど~でした。
井戸とかもあればやたらに埋めないとか?!
2007/09/03(月) 21:10 | URL | OZ #-[ 編集]
OZさん こんばんは
私は、見えないからまだいいんですよ、友人や妹は見える人なので大変です。あれはまだごく一部でして、連載を続けてましてね(笑)。
『私の人形は・・・』あれはもう怖くて怖くて、自室に置けない。母の部屋に置いてます(笑)。いつか押し入れに入ったりしたら・・・(ぎゃ~~)
『日出処の天子』飛鳥白鳳時代が好きになったのは、間違いなくこの作品のおかげです。王子・・・
2007/09/03(月) 21:29 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
>数年前板橋区美術館で『あの世の情景』とかオバケ関係の展覧会があり、どちらも図録は完売していた。やっぱりみんなオバケが好きなのだなー。

そんな展覧会があったのですか…。やはりそれも夏の開催だったのでしょうか。絵に見るお化けは実際のと違って(?)愉しいですからね。私も行きたかったです。

無知で恐縮ですが、
妖怪、悪魔、お化けと色々種類があるものだなと妙に感心しながら見ておりました。来年もこのテーマでやっていただけると嬉しいですね。毎年夏は太田でお化け!というのを定番にしたいです。
2007/09/05(水) 22:38 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
はろるどさん こんばんは
板橋、六年前の真冬でした。それで地獄極楽巡りと言う副題がついてましたが、極楽より地獄の方が楽しそうなんです。極楽は退屈だ、と泉鏡花も書きましたが、そのとおりです(笑)。

>毎年夏は太田でお化け!というのを定番にしたいです。
大賛成です!行燈とかよかったですよね、こういうのが楽しいんですもん♪
2007/09/05(水) 23:46 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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