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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

青木繁と『海の幸』

青木繁の『海の幸』他5点の作品がブリヂストンで9/30まで展覧されている。
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ブリヂストンは常設を大事にする美術館だから、「あれが見たい、これが見たい」という気持ちをほぼ満足させてくれるが、それでも出し入れがある。
絵は時々保養させないと干乾びる。膚と同じ細心さが必要だ。
今回は姉妹館の石橋美術館などから出張願った青木の作品が集まっていた。その中でも特に好きな作品だけを挙げる。

丁度百年前の『わだつみのいろこの宮』に再会する。
何度見ても飽きず、新発見をする名画。mir255-2.jpg

今回も対峙して改めて気づいたことなどがある。
瓶に勾玉、水玉プカプカ、豊玉媛の頭に蛇の飾りなどなど…わたしがうかつだったと言うのではなく、この絵は見るたびに新しい感動を呼び覚ましてくれるのだ。手元に絵葉書だけでなくポスターもあるが、やはり実物には及ばない。青木の作品の中でも特に好きな名画である。
英語タイトルがよかった。Paradise under the Sea 海の下にも都ぞありける…

『海の幸』今ではこの図は青木の目が見たものではなく、友人坂本から聞いた話で青木が作り上げた作品だと知られている。
そのことが却って青木の才能の豊かさの一端を感じさせる。青木は現実に見ていない作品の方にこそ、名作が多い。うらぶれてからの肖像画や風景画は、どこか寂れ、廃れている。写生が青木と合致していたとは、到底思えないのだ。想像での作画が出来なくなった時点で、青木は終わってしまったのだ。
天平時代や内外の神話を描いた作品群の、奔放にして豊饒な美しさを想えば、このことは断言できるだろう。
この『海の幸』を見ると「ひらけゆく明るさ」というものを感じる。漁師たちは海の幸を担いで歩いている。行く先は当然ながら港、乃至は作業場ではあるが、そんな現実の場所ではなく、光の道へ向かっているのではないか、と思う。
恋人・福田たねのこちらを見た顔に目を惹かれつつ、全体として無何有の地へ向かっている…そんなことをこの絵は感じさせてくれる。塗り残しの多い作品だが、それは瑕にすらならない。光が照らしたのでそこは白いのだ。そんな理解が唐突に、しかしはっきりと腑に落ちてくる。
そして今回、この額縁にも注目した。木彫の額縁は手彫り風な味わいがある。四隅に対の魚が刻まれ、エイのようなものが連続パターンとして続いている。
四方を魚に囲まれた作品なのだった。

『輪転』 mir255-1.jpg

以前から不思議な作品だと思っていたが、やはり不思議な作品だ。作画期は解説によると『黄泉比良坂』と同時期だと言うから、色調の青さは共通すると思う。日輪のようなものと車輪との関係はわからぬが、これが日本画なら<留守文>ということで、太陽はアポロン、車輪は彼の乗車する炎の馬を示すが、そうなるとこの女たちは暁の女たちとなる。もしくは踏み込んで考えて、その炎の馬を御そうとしてアポロンの息子パェトーンが焼け死ぬエピソードがギリシャ神話にあるが、彼女らはそれを見守っているのかもしれない。…あくまでもわたしの予測に過ぎぬのだが。

山下新太郎『供物』 美しい女のその手には、柘榴がある。柘榴を供物と言うのは訶梨帝母すなわち鬼子母神ではないか。かつては他人の子を貪り喰らう鬼も前非を悔いてからは、母子安産の守り神となった。円満具足な相好の女神には柘榴が供物として捧げられるようになったが、この美しい女は何を思うて手の中の柘榴を眺めていることだろう。
この絵を見るわたしは安寧な心持でいるのだが。

安井曽太郎は人物画より静物画や風景画のほうが好きだ。
ここにある『安部能成君』の肖像より『薔薇』に私はときめく。
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黒地を背景にした薔薇と花瓶のバランス、色調といい構図といい、世界の数ある薔薇の絵の中でも、突出した良さを感じる。
雄弁なる沈黙とでも言うか、この薔薇からは言葉以上の何かが心に直に語りかけてくる。それを翻訳してここに書き出すことは出来ないのだが。

『ペルシャの壷』 安井が文芸春秋の表紙絵を担当していたことは、知っている。以前ここで小企画展があったのだ。その原画などを見て、明るい気持ちになったことを覚えている。小品のよさ、それがここにある。
マティスではないが安井の壁紙もとても素敵だ。室内には椅子に座る小さい女の子がいる。いい感じだ。

梅原『ノートルダム』 青と金箔と金泥・銀泥が飛び込んでくる。羊皮紙に描いたからか、まるで秘密の宝の地図のようだ。絵に妙な湿り気さえ感じる。

マティス『縞ジャケット』 このモデルはマティスの娘さんなのだが、実は私の知人にもそっくりだ。この顔で眼鏡をかけたら彼女の肖像画になる。だからブリヂストンに来ると「コンニチハKさん」とそっと呼びかける。

モネ『アルジャントゥイユの洪水』 …引いた後。ちょっと液状化現象というか何と言うか。面白いとも言えないし…でも画家が描きたい気持ちもわかるような気がする。

『黄昏、ヴェネツィア』 改めて眺めると、虹がそこにあるような色調だと思った。実際に自分が行ったとき、ヴェネツィアはこうは見えなかったので、わたしにとってモネのヴェネツィアは、遠い夢の国なのだ。

コロー『ヴィル・ダブレー』 道に白い線が一筋入っている。これはあれか、牛道なのだろうか。牛の道。けものみちよりは広い。モーモーロード。

わたしの洋画修行はここと西洋美術館と大原美術館だったので、来るたび「こんにちは、ありがとう」という嬉しい気持ちになる。



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コメント
わだつみのいろこの宮
私も、この絵が大好きです。
高校生の頃、この絵のタイトルを
はっきり言えるようになっただけで、
賢くなったような気がしました。
海の底なのに、水をためた池のような
ものがあったり、不思議な絵ですよね。
2007/09/04(火) 23:44 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
一村雨さん こんばんは
わたしの偏愛する作品は、見た時代順に以下の通りです。
炎舞(御舟)、花筐(松園)、裸婦(華岳)、わだつみのいろこの宮、刺青の女(清方)です。
この五作品はわたしにとって永遠です。
一村雨さんも共にファンで嬉しいです。
2007/09/04(火) 23:59 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行七恵さん、こんばんは。
私もこの「わだつみのいろこの宮」はとても気に入ってます。
以前にこの絵を見たときから日本の洋画に興味を持ったと言っても過言ではないくらいです。
2007/09/06(木) 00:28 | URL | sekisindho #7JPwz3bk[ 編集]
sekisindhoさん こんばんは
> この絵を見たときから日本の洋画に興味を持った
わたしもそうです!
もう本当にそのとおりです。
明治浪漫派、というより明治と言う時代の明星のような存在だと思います。
しかし画家ご本人に関心の深いsekisindhoさんにとって、青木の存在と、その血脈の流れはどうなんでしょう。
三代に亙ってとんでもねーですが。
2007/09/06(木) 22:39 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
●青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会●
http://aoki-shigeru.awa.jp/

1904(明治37)年夏、青木繁が滞在し、《海の幸》を描いた房州布良(館山市富崎地区)は、神話のふるさとです。この地でも古事記を読みふけっていたようです。
このとき、青木が滞在した漁家・小谷邸は100年を超えた今、明治の漁村を代表する住宅として市の指定文化財の審議がすすめられています。
青木没後50年に建立された《海の幸》記念碑は、平成10年に地元住民の強い熱意により撤去の危機を免れました。設計者は、近代建築を翻訳紹介した東大教授の生田勉です。隣接していた同氏設計の館山ユースホステルが解体されてしまったことは悔やまれてなりません。
私たちは2つの文化遺産の保存・活用を通じて、教育と地域づくりをすすめています。ぜひ一度、ご来訪ください。お待ちしています。
2009/02/08(日) 02:10 | URL | 安房文化遺産フォーラム #akojR/2o[ 編集]
どうもはじめまして。

館山には以前から行きたいと思っていますが、なかなか機会に恵まれません。
布良にそんな 素敵な会があるとは知りませんでしたが、いいお話ですね。

>隣接していた同氏設計の館山ユースホステルが解体されてしまったことは悔やまれてなりません。
まったく同感です、モッタイナイ。

館山には八犬伝と「海の幸」があることを忘れず、なんとか近々訪ねたいと思います。
ご紹介ありがとうございました。
2009/02/08(日) 21:44 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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