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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

楽園の美術 夢の小宇宙

大和文華館で『楽園の美術―夢の小宇宙』と言う展覧会が開催されている。
そもそも楽園とは何か。
イスラーム世界においては「閉じられた庭園」がそれに他ならず、外部の激しく厳しい環境から隔絶された、ゆとりのある美しい空間 それが楽園だと言える。

夢の小宇宙という言葉にもそれは深く響いている。宇宙を一つの卵と看做した古から連綿とそこへの憧れは続き、自然環境も温暖なアジアでも楽園思想は浸透していった。
この展覧会は、古代から現代へ至る楽園思想の、その宇宙を構築するかけらで成り立っている。
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四つのテーマによって文物が展示されている。

1.神仙世界
古代中国において玉と青銅器は重要な地位を占めている。
基本的に青銅器を見れば殷周に始まり、下っても春秋戦国あたりまでの時代を思えばいい。
関西ではこの青銅器のコレクターが多く、五指を越える名コレクションがある。
ここに並ぶ青銅器たちは、それぞれ親しみ深い様相を見せている。

大理石虎形鎮子 殷墟出土 中国・殷  掌に乗りそうなサイズのトラが丸くそこにいる。顔と尻尾がこっちを向いている。にゃあとしたトラで、輪切りにしたくなるようだ。

青銅犠牛首 中国・殷  珍しいことに普通は瓶なり鼎なりについている牛の首が単体でそこにある。高さ8.5cmということだから、これのついていた本体を予測すると…なかなか大きいようである。
牛は犠牲になり首を切られて、それで却って力を得たようである。この首一つにそんな魅力がある。

青銅匕 中国・殷  なるほど匕首である。これで実際に切れたかどうかは知らない。刀の形のお金はあるが、どうもこれはその類ではなさそうで、もしかすると緑青を磨き落せばルミノール反応が現れるかもしれない…

青銅鳩車 中国・漢  そんなに大きいものではないが、珍しいものを観た。鳩のついた鳩車。漢代のいつの帝の頃か。この鳩は何を意味するのか。 指南車には小さい人形がついていて方角を示すのだが、この鳩車はどこへ向かうためのものなのか。

金銅博山炉 伝楽浪出土 中国・漢  楽浪郡ときくだけで波の押し寄せるようなイメージが湧き立つ。そこから出土したこの香炉は博山つまり蓬莱山の形をしている。蓬莱には八仙がいるという。日本の蓬莱は551だが。

灰陶加彩夫妻 一対 中国・前漢  ほぼ50cm大の陶器人形なのだが、夫婦なのか?どうみても同じ顔だ。細い眉、細い瞼の下の黒い目。慎ましい口元。どことなく享保以前の立て雛に似ている。…思えば仲良し夫婦は顔つきも似てくるものだ。


緑釉家鴨池舎 中国・後漢  冥途のお供にリアルフィギュア、というのが中国の伝統でそれらは明器と呼ばれる。冥途の道を明るくするためにそんな名をつけられているのか。この鴨はよく太りグァグァ鳴き声も聞こえてくるようだ。見た限り16羽いた。


細金細粒細工飾金具 9点 中国・南北朝  ベルト用の飾り具らしい。金で綺麗な細工。蝉模様。蝉は中国では縁起のよい生き物なので、しばしば文様に見受けられる。この蝉も可愛い。


金銅嵌石帯金具 13点 中国・隋  これらは皮ベルトにつけられていたバックルたち。思えば重かったろう、これでは。色は沈んだ乳白色で、それが静かでいい。


人物騎獅子瑞花文八稜鏡 特別出陳 黒川古文化研究所蔵 中国・唐 西宮の黒川から出張した径28cmの鏡。以前大阪市立美術館で黒川古文化研究所の展覧会で見たもの。黒川さんは三代に亙ってそれぞれ好むところの文物を蒐集されている。


伯牙弾琴鏡 中国・唐 伯牙のエピソードは悲しい。彼の琴の本当の価値を知るものはもう世にはいないのだ。


銀製毛彫忍冬双鳳文輪花合子 中国・唐 実はスイカズラの花を知らない。字は知っている。昔映画で『忍冬の花のように』というのもあり、谷村新司の歌にもあったからだ。ところがこの忍冬は唐草文様に近いと言う。そうなのか。元の花を知らないのでよくわからないがたしかに図像的にはそんな感じがある。唐代の文物は正倉院へと続いているのだった。その倉に納められ、扉を閉ざされ、西からの文化はここに終着した。

2.仏教の楽土
仏教美術が職人の技能を押し上げた、と思っている。西洋でもキリスト教の教会権力が増大することで、芸術も建築も全ての技能が向上した。


石造浮彫飛天像 龍門出土 中国・北魏  いかにも北魏の顔をしている。細面で面長、静かに微笑む。


金銅飛天形飾金具 朝鮮・統一新羅  こんな金具がほしい。このコーナーでは新羅の文物が多い。近い国であっても表情などは微妙な違いがある。


宝相華文甎断片 慶州出土 朝鮮・統一新羅  甎 せん。焼く型があったため、多く作られた。干菓子を見るたびこれを思う。逆かもしれない。これをみて干菓子を思うのか。


他にも 飛天文軒平瓦断片 竜文軒平瓦断片、鳳凰唐草文軒平瓦断片、葡萄唐草文軒平瓦断片が慶州・普門寺から出土している。
いずれもみごとなもので、これらがこの寺院を飾っていた様を想像すると、とても煌びやかなものを感じる。


3.吉祥文に託した願い
絵画より工芸品のほうが、めでたさの度合いが高まるような気がする。ありがたさも増す。

平安から南北朝にかけての鏡。銅製なのが確かに日本の土から現れたと思うのだ。

関西で銅と言えば、中世以降は住友だった。
銅製秋草鳥蝶文鏡、銅製唐草鴛鴦文鏡、銅製双雀籬菊文方鏡
いずれも花鳥風月をそこに刻んでいる。


存星竜鳳文角繋合子 中国・明  存星とは堆朱や日本の鎌倉彫などと同種の技法だが、これは子供の頃ニガテだった。色に明るさがなく掘りが重い。これでは確かに子供の嗜好には合わぬのだが、歳月とは面白いもので、今の目で眺めるとたいへん魅力的なのだった。


螺鈿唐草文箱 朝鮮王朝時代の螺鈿工藝には、いつもため息ばかりをつく。中世から近世にかけての朝鮮での職人による工芸品は種を問わず、一様に何もかもが美しい。この美意識の高さは一体何に起因するのだろう。わたしはいまどきの韓流ファンではないが、古美術に関しては朝鮮の美に震える一人なのだった。


法花人物文梅瓶 中国・明  最初にこの手の群青色の地に、太枠の線で花やなにかを描いた法花の瓶を「いい」と思ったのは、静嘉堂のそれだったか。言えばゴテゴテと派手すぎる作品なのだが、いかにも明代に生まれたようなところが愛しく、いつしか大好きになっていた。青花などは家でも使いたいのだが、法花はこうした場・またはハレの場がふさわしく、気分を豊かにしてくれるのだった。

清水裂 中国・明  こちらもしばしば大和文華館の展覧会に現れる名品なのだが、先の法花と同じ思想の下で作成されているように思う。こちらは綴れなのだが、なんともめでたくていい。一つの文化の最盛期と衰退期とを味わわせてくれる明代が、とても好ましい。
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粉彩百花文皿 景徳鎮窯 中国・清前期  最初にこの皿を見たとき、フルカラーでぎっしりの花柄なので、てっきり高田賢三かレオナールがプロデュースしたのか、と思った。そうではなく350年位前のものだと知ってびっくりした。なんとなくこの皿にカレーを盛りたいと思っている。


藍色硝子獅子形鈕印材 一対 乾隆年製のガラスは総じて「乾隆ガラス」と呼ばれる。この作品もよい出来で獅子が吠えているのだが、ちゃんとハンコだというのがいい。


群鹿図 朝鮮 わんさかわんさか鹿が湧いている。鹿はめでたいのでこうした図は人気があったろう。そういえばこの大和文華館に行く前に奈良公園にいたのだが、そこも(当然ながら)鹿がわんさといた。鹿にお菓子をあげてはダメだ、と今更ながらの新聞記事が出ているのを思い出した。


梅鵲図 黄小軒賛  朝鮮 紙本木版墨刷の梅にカササギ。木版画が好きなので楽しい。枝ぶりもいい。正面向きのカササギの顔つきが楽しい。とぼけた味わいがある。梅に鶯・梅にメジロではなく、梅にカササギなのが面白い。


4.理想の情景
民族性によって「理想の情景」は異なるだろうが、わたしの頭の中ではインド細密画の世界が浮かんでいる。極楽浄土より現世がいい。それも文人の好む深山幽谷ではなく俗塵の中がいい。


アラバスター・カップ スーサ出土 イラン・B.C.15-12世紀  アラバスターの漢名が好きだ。雪花石膏。三千年以前からこのように使われている。現代のヨルダンかイエメンでは、ガラスの替わりに窓にこのアラバスターを使った(多分嵌め殺し)民家があった。家の中からアラバスター窓を通してのぞいた世界は、不思議な色合いを見せていた。


トンボ玉 エジプト・古代  径3.0cmばかりのトンボ玉が並ぶ。昔あまり関心がなかったのだが、今ここに並ぶのを見ると、やはりいいものだと思う。愛らしい。わたしも作ってみたいと思った。ガラス工房の体験教室に行って…きっと違うものを作るのだろうな。


翡翠勾玉・紫水晶勾玉・瑪瑙勾玉 日本・古墳  大小あわせて7点が展示されているが、緑・紫・赤と表記するのは正しくない。きちんとその色を表す日本語があるのだ。子供の頃から勾玉が好きで、先般橿原考古学研究所の博物館で、とうとう瑪瑙の勾玉を購入した。今出来でも嬉しい。この不思議な形には諸説あるが、謎は謎だからこそ、魅力なのだった。


仕女図巻 伝仇英筆 文徴明詞書 嘉靖19年(1540) いつみてもこの仕女たちがいい。ブランコをし、奇岩の向こうでは四角い蓮池に入り込んで蓮を採ったりしている。ルーカス・クラナッハと仇英は魂の友人だったか、ほっそりしなやかで未成熟な(まるで少女のような)女たちを多く描いた。指を滑らせてみたくなるような身体。指の先を少しだけくの字に曲げてみたい。きっと璧を撫でる感触があるだろう。


実のところ「蘇州版画」と呼ばれる年画がニガテだ。あの色調が特に。ここにはそれらが並んでいた。庶民の明るい願いがこめられている。キッチュさがいいのかもしれない。ほどほどを望む日本人との差を感じる。しかしあのとことんさは見習うべきかも知れない。
とりあえず爆竹を打ち鳴らして、わたしも寿ごう。
 梅雪迎春図、茉莉花歌図、美人弾琴図…丁度いいのかもしれない。

しかし中国の年画がニガテのくせに朝鮮の民画はなんとなく楽しく思うのだ。
蓮池水禽図、狩猟図 …わたしの好きなものは虎と兎などの戯画。


花鳥文刺繍布 中東・18-19世紀  モスリムの拵える刺繍・綴織などはやはり楽園思想を忠実に再現しているように思う。ここにはないが絨毯を見るといつもそう思う。この刺繍を施した布も見るからに美しく、そしてとても「せまい」。これは汎用を目的としたものではないからだと思う。だからこそ楽園なのだ。


赤地花文刺繍布 インド・18-19世紀 英国の支配を受けている時代の図柄には、ヨーロッパ的な趣向がのぞいている。これはシンプルで美しく、そのくせ西洋の目から見れば十分にエキゾチックな作品だった。


印金更紗 ジャワ・20世紀  金地に赤色が飛び、図は走り回っている。更紗の手法は幾種かあるそうで、これがなんの手になるかはわからない。石川淳『至福千年』冒頭に更紗職人のありさまが描かれている。「まづ水。その性のよしあしはてきめんに仕事にひびく。」更紗を見るたびに必ず石川淳のこの文章が思い浮かぶのだった。至福千年とはキリスト教の思想なのだが、これもまた楽園を根に置くもので、こじつければ更紗はそのまま楽園からの賜物になるのかもしれない。少なくとも石川淳の小説世界はわたしにとっての脳内楽園なのだった。


思えばアジアの片隅で生きる身でありながら、有り余る美をみつめ続けている。
しかしまた、ここがこのような豊饒なる世界だとは、なかなか気づけずにいる。
楽園 夢の小宇宙とは、わたしたちをも内含する卵のことかもしれない…




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コメント
甘い香出づる忍冬
宇宙は「瓜」「繭」そして「卵」の中・・・
瓜の蔓は天に届き、天の瓜から昏々と流れ出した水は
天の川、そこに渡せるはカササギの橋。
カササギを渡るとみささぎへと続くのか。
卵の中から生命が生まれ、繭の中で変化を遂げる…
七恵さんのレポを読んでいる内に、頭の中で忍冬の
蔓のように螺旋が絡まりあって、何かが生まれて
きそうな妄想に囚われましたよ。。。
2007/09/19(水) 17:38 | URL | 山桜 #-[ 編集]
山桜さん こんばんは
先日からどうも山桜さんのところでコメントを残せなくてオヨヨでした。
なんだかPCの相性のようで、書いてる最中にいきなり消えてゆき、ちょっと困ってました。
宇宙は瓜・繭・卵・・・月とガガイモ。
あの月とガの関係が大変面白かったので昨日今日とドヨンなわたしでした。
明日再チャレンジいたします。
2007/09/19(水) 21:38 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
申し訳ない!
Seesaaブログには私も度々悩まされ、煮え湯を飲まされております(T^T)
とはいえ、今更引っ越すのも面倒ですし、これもご縁かなと…

かの不完全なるブログとお付き合い戴く際には、できるだけ
コメント「確認」をクリックする前にコピーされておかれる
ことをお奨めします。と言いつつ、自分も忘れて( ̄口 ̄;)!
を繰り返していますが…・゚・(つД`)・゚・
お手数をお掛けして本当に申し訳ないです! <( _ _ )>
2007/09/20(木) 12:31 | URL | 山桜 #-[ 編集]
山桜さん こんばんは
いやーお悩ませてしまいました。
たいていニ、三日するとケロッとうまくゆくので待ちの状況です。
どのブログにも一長一短がありますもんね。
また気長にやってゆけたらと思います。
わざわざありがとうございます。
あのお祭の写真も二枚目のが妙にお気になわたしです♪
2007/09/20(木) 21:29 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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