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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

『旅』三井記念館の「旅」

前回行きそこねた三井記念館に向かう。
『旅』 日本人ほど古来から旅好きな民族はいないのではないか。

江戸から昭和初期の印籠や一閑張などをみる。
印籠には日本地図や吉野山などが刻まれ描かれ、遠足に使う提重などには雅な文様がある。根付にキャラメル色のうさぎもいた。
遊びに行くのにも楽しい支度があるのだ。
例によって長々と<旅>をする。
<霊場と名所への旅>
蟻の熊野詣と言われるほどブームがあった三熊野詣で。定家の日記がある。『熊野御幸記』10/5から10/27のツアー。
ほぼ天候はよかったらしい。「天晴」と書いてある。定家40歳初熊野ツアー。(そういえば私はいまだに熊野に行ってない)
つらつら書いた日記にあわせてその地の現在の風景が添えられている。だから「ああ、ここか」となじみを感じる。
鳥羽から岩清水―天満橋―四天王寺―住吉さん―本宮・新宮。王子を次々巡る。なるほど。
いやとにかくどういうルートかはある程度知っていたが、こうして眺めると実感がわく。
定家が鳥羽に帰るところで日記もツアーも終わるが、「遠足は家に帰るまでが遠足だ」という言葉が蘇ってきた。

数年前、あちこちで一遍聖絵を見た。今回は夏の伊豆での一遍と教団、そして追っかけの人々を見る。
三島に来ている一遍ご一行様。皆さんぞくぞくと集まりつつある。川には白鳥がいる。…大和絵で白鳥を見るのは珍しいように思う。
もしかすると、大和絵に描かれた白鳥では最古かも?ちょっと目元が可愛い。
さて川には橋が架かるが、その橋上には山伏もいればご婦人方もいる。一遍人気は大きかったそうだが、その一遍はたしか色黒のお坊さんなので、それを目当てに見つけるのだが、今回は僧侶皆が日焼けしているので、わからなかった。夏だしね。

熊野那智参詣曼荼羅 これが見たかったのだ。國學院からの貸し出し。
クリックしてください。070919.jpg

補陀落渡海の船もあり、塔前でエイサラエイと曳く人もあり、滝に打たれる修行者には不動明王の炎が水中に浮かび上がり、せいたか・こんがら二人の童子に佐けられてもいる。
これがその現場。9201.jpg

黒々とした鬱蒼たる森。森の中には踏み込んではいけない。金と銀の日月。鳥居には「日本第一」の扁額。生きているような狛犬と龍に乗る童子まで見える。なんだか凄まじい風景がフルカラーで描かれているのだ。みていて楽しくて仕方ない。
松田修『闇のユートピア』などに補陀落渡海の話が載っているが、わたしは以前からこの行為にたいへん関心がある。そしてある妄想が湧いてきた。
つまり、この行為は南海浄土へ向かう言わば自殺行なのだが、決してひっそりと行われる種類のものではない。衆人環視の中で大々的に行われることが多かったのだ。井上靖や諸星大二郎は、出立間際に未練が湧いて仏の国にたどりつけない男の話を描いているが、このニセモノを拵えてそれでショーバイする輩がいたのではないか、ということをわたしは今回妄想している。修験者が人々の罪科を背負い、皆に替わって火中に…というのは昔からある種のショーバイとしてあったのだ。とはいえそれはこの熊野でのことではなく、どこかの浦でそれが行われ、布施をつのって遁走する…

伊勢参詣曼荼羅 内宮と外宮。稚拙な色合いだが心惹かれる曼荼羅。向かって右が外宮、左が内宮。それぞれに金銀の日月がある。
禊をする人々がいる。女は白いのを身につけている。彼氏か旦那かに手を引かれて仲良く川に入ろうとする二人がいた。
岩戸の神楽もある。既にこれはパフォーマンスになっている。繰り返すことで神事は演芸にもなる。左の内宮には五十鈴川が大きく流れている。しかし遠く富士山まで描かれているのには「ほほー」だ。ホンマかぁ?奈良の風景にも富士が出現していたこともあるから、ありえたのかもしれない。
にぎやかな市の様子もある。現在「おかげ横丁」と呼ばれる市があるが、この図にも赤福があるかもしれない。

厳島・鞍馬図屏風 これは型押しの金雲がべかっぴかっと貼りついている。
右の鞍馬を見る。鞍馬の門前には今もにぎやかな市があるが、この時代だからいよいよにぎやかである。木の芽屋もあるかもしれないが、どの店かはわからない。またこういうところにはなぜか必ずハデハデな若い連中がたむろするもので、カブキ者なスタイルでぐだぐたしておる。山中にも伸している。完全にいまどきの人々みたい。
厳島はさすがにシカまみれ。ぴょんぴょんおるわけです。奈良と厳島はシカの治外法権なのか。本殿にも女たちがいるがそんなところでご飯食べてていいのか?幔幕張ってるのもいるがちょっとびっくりだ。
山中ではシカを追うようなイノシシがいる。ここに蝶がつけばめでたくイノシカチョウになる。
なかなかリアルな楽しさがある屏風だった。

個人所蔵の洛中洛外図の左隻が出ていた。左なので豊国神社、高台寺、清水など左京が描かれている。三十三間堂、その向かいの邸宅は今の京博の地に建っていたか。清水から八坂の塔など坂道もきちんと描かれている。
ガイドブック的図会ではなく、マジメな感じがする。祇園さんも閑散としていた。ちょっと不思議な感じがする。

池田孤邨 八つ橋図屏風 二曲屏風。右隻に琳派な菖蒲が描かれ、左隻に墨も太々した橋が筆勢も明らかに描かれている。
青の花・緑の葉…江戸琳派の流れを汲む見事な作品だった。

<詩歌と文芸>
やはりそうなると西行が出なくては収まりがつかない。
狩野養信 西行物語絵詞 萩が咲き乱れているから秋の図。なんとなく嬉しそうな狐がいる。今日はシカ、白鳥、狐に嬉しそうな顔つきのをよく見る。

若冲 乗輿舟 源八の渡しから終点までを見た。土地勘があるということで、淀川をどう下ったか納得する。実はこのルート、先ほどの定家の日記にもあるのと同じコースだったりする…
これをみているといつも「風呂敷にほしい」「暖簾によさそう」とホンワカ気分になるのであった。

鍬形斎 江戸名所図会 これは摺物、つまり俳諧などでの配り物。
名所とそれにちなんだ俳句が添えられている。なかなか楽しい。巻き終わりの地は秋葉原だった。私が新たに一句作ろう。
秋葉原・・・後の世に オタクの聖地と なりにけり (遊行)

広重 東海道五十三次細見図会 わたしが見たのは藤沢と大磯。どちらも道中風俗シリーズなので、戯画調のキャラたちが楽しい。
藤沢には遊行寺がある。小栗判官の旧跡。
おにぎりぱくぱく、にやにやが楽しい。
mir295.jpg

大磯も旅のごぜさんや虚無僧などがいる。どちらものどかで、いい気分だった。

最後に大日本五道中図屏風という凄いものを見た。19世紀の日本の津々浦々が六曲屏風六隻つまり36枚に亙って描かれていた。
あーーーーーーー参りました。

展覧会は今月末まで。たいへん楽しめる展覧会だった。
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コメント
こんにちは。
いつまで経っても暑い日々。
西日は眼孔をぶち抜きます。

やっと三井の旅に行ってきました。
本当に正しく立派なものをきちんと保管してきたことに感嘆しました。
根付けやたばこ入れから、携帯お茶セットも可愛らしいし、
名所参詣図はただただ面白く、
定家の日記は寒風吹きすさび、
つらく大変だったのでした。
北斎のありえない53次地図は大受けしました。
明日は運動会なので、おにぎりぱくぱく、
やってきます。
ほんと、楽しい展覧会でした。
2007/09/21(金) 17:58 | URL | あべまつ #-[ 編集]
あべまつさん こんばんは
暑さ寒さも彼岸まで・・・昭和は遠くなりにけり、な言葉ですね。暑い暑い。
さすがに三井家、という感嘆がありましたね。すばらしかったです。
定家の日記はけっこう面白かったですね。
北斎でウケましたか、わたしは広重にウケてました。

運動会か・・・実はリレーの選手でした。それも必ず三番手。なぜなら逃げ足だけは速かったのと、立ったまま走り出せるのでミスを犯さなかったから、と言うだけの理由でした。
2007/09/21(金) 21:49 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんにちは。
私も先日やっと行きました。正直、サントリー美術館の圧倒的な屏風展を見た後だったので、ちょっと物足りない感はあったのですが、珍しい洛中洛外図や一遍の絵巻はやはり面白かったです。
参詣曼陀羅は私の偏愛するもので、特に熊野那智は大好きです。國學院にはこれの他に珍しい巻物のものもあります。
白装束の夫婦が山伏に導かれて参詣し、最後は姿を消す・・・それは成仏したことを表すのだと最近知りました。
2007/09/22(土) 02:02 | URL | ひろすけ #-[ 編集]
ひろすけさん こんばんは
あの洛中洛外図には浮かれ心などナマナマしさが意識的に排除されていたようですね。
>参詣曼陀羅は私の偏愛するもので
やはりそうでしたか。
数年前、佐倉の歴博で社寺境内図などを集めた展を見ていて、物語の中に呼び込まれそうな気がしました。
熊野那智の巻物・・・縦ではなく横に広がるのですか。時間の経緯まで存在してそうですね。
>成仏
やはり死の匂いが濃いのが<参詣>曼荼羅なのですね。日本人の死生観はなんとなく植物的だと感じます。
2007/09/22(土) 22:35 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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