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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

追悼・高山辰雄

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高山辰雄・追悼
先週、高山辰雄が他界した。丁度都内にいてそのことを知った。
わたしが日本画に溺れ始めたのは’89からで、手当たり次第に展覧会に出かけ、日本画の画集を延々と眺め続けた。
当初、高山辰雄の作品は敬遠していた。「深い精神性が内在した」ことなど読み取れるはずもなく、寄り目と不可思議な微笑をたたえた口許から離れようとしていた。
しかしそれが180度変化したのは、’93のことである。
以下、ごく私的な遍歴の記憶と、高山辰雄への追想に終始する。
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まだ茅場町に山種美術館のある頃で、当時はネットも普及せず、どんな展覧会が開催されているかは新聞・雑誌あるいは電話確認に拠るしかなかった。
当時既に近代美人画を頂点に、近代日本画を愛するようになっていた私は、現代日本画に殆ど関心を寄せなかった。もともと古美術と’20年代を愛していたので、わざわざ好みでない現代画に関心を寄せる必要がなかったのだ。
だから山種に入った瞬間「しまった」と思ったのも事実だ。その'93.3.6は『戦後日本画の展開』を開催中だったのだ。
その頃<修行中>のわたしは都内に出るとブリヂストン・山種・西洋美術館・東博・今は無き目黒雅叙園に出向くことを義務としていた。
山種の企画展は好き嫌いを超えて必ず見る。それが日本画を見る目を養うことだと信じていた。好きではない戦後日本画であろうと文句を言うわけにはいかない。
しかし私はその日その場で巨大な衝撃を受けた。
一つは川端龍子『夢』、もう一つは高山辰雄『坐す人』である。
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他にも多くの作品があったが、この二枚の絵だけを延々と眺め続けた。
この『坐す人』が何者かはわからない。何故ここにいるのかもわからない。身なりや顔つきからすれば間違いなく修行者である。しかし彼が(恐らくは)アジア人だとはわかるが、何の修行者なのかはわからない。黄色い衣から推せば仏教系なのだろうが、彼がただの修行者なのか・それともシッダルタなのかも定かではない。
しかしこの坐す人はそこにいる。固有名詞からこぼれて地の文に入り込み、なおそこに坐す。異常な衝撃を受けた。そのためにその企画展の図録を購入した。『坐す人』がそこにいたから。そしてそのとき初めて高山辰雄に興味が湧きだした。

三ヵ月後、小川美術館で高山辰雄『聖家族』展が開催されると新聞でみつけた。小川美術館は現在の山種美術館の近所にあるプライベートな美術館である。
わたしは高山辰雄と『聖家族』という言葉そのものに反応していた。
幼子イエスと聖母マリアらの聖家族、というイメージより堀辰雄の小説が心の中に流れていた。「死があたかも一つの季節を開いたようであった」小説の冒頭の文がぐるぐる回り続けている。わたしはイメージを払うこともないまま、美術館に入り込んだ。
無料だと言うことと無人だと言うことが合致しない展覧会だった。
私は最初から最後まで一人で、高山辰雄の『聖家族』を味わった。
ここに書かれているのはマリアでもイエスでもマリアの母アンナでもなく、無論ヨハネでもない。女、母、幼子である。日本のどこかに・世界のどこかに生きる家族の風景がそこにあった。
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不可思議な微笑をたたえた口許が嫌いだったはずが、いつの間にかその口許に魅せられていた。言葉のない世界、静謐な空間。和やかな場。
ここには『坐す人』はいないが、幸せな日常を送る女たちの姿があった。
わたしは穏やかな空気を身に纏いつかせて、小川美術館を出た。
そして少し後に、『食べる』幼子を描いた連作があることを知った。
高山辰雄の世界に自分がひどく惹かれていることを自覚した。
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高山辰雄の作品で花を描いたものに惹かれはじめたのは、花と小鳥を描いたものを見たときからか。
花は椿といわれれば椿に見えるし、牡丹といわれればそうかとも思い、薔薇だと言われれば薔薇かと呟く。
鳥もインコなのか鳩なのか区別がつかない。
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しかしこの和やかな静けさは何物にも代えがたい魅力に満ちていた。
偶然見かけたこの絵などはへたな撮影で手元に残っているが、それでも高山辰雄の魅力は損なわれはしない。
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21世紀になった秋のある日、大丸心斎橋店で院展と高山辰雄の個展が開催された。
大丸心斎橋は大阪において、わたしの美術修行の一番の場所である。ここから様々な楽しみを教わった、とても大事な場所である。
前述の花と鳥の絵も'96に大丸で開催された高山辰雄展で知ったのである。
さてその個展は『日月星辰』と題されていた。にちげつせいしん。太陽と月と星と。
辰雄の辰は辰年の辰と言うだけではなく、星と言う意味の辰でもあった。
『勧進帳』にも『日月星辰』という言葉が使われている。うかつといえばうかつだが、そのことに気づいて私は大いに喜んだ。
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少女とコリー犬が銀の月をみつめている。どのような状況でのことかはわからぬが、少女も犬も静かな幸せに満ちている。
その後、藝大に収蔵されているごく初期の作品も見たが、それもまたよいものだった。

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わたしの中で高山辰雄は滅びることのない画家になった。
新作は最早のぞめぬにしても、美は決して滅びず、静謐さを保ったまま永遠の存在になった。
わたしは高山辰雄の描く女たちのような静けさは持たず、あの不可思議な微笑も浮かべることは出来ないが、いつでも彼女たちを思い出すことが出来るのだった。
画伯の静かな眠りをお祈りする。
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コメント
高山さんの絵、大好きです。
杉山寧さんの次に「文芸春秋」の表紙を担当されていたので、とても親近感がありました。
私の実家近くの「神宮美術館」にも高山さんの作品が所蔵されていたと思います。
もう新しい作品が見られないと思うと惜しいですね。
でも、残された作品の静謐な空間は永遠ですね。
またいつか、透き通った暖かさを感じに展覧会に行きたいと思いました。
ご冥福を心からお祈りしたいです。


2007/09/22(土) 19:59 | URL | tanuki #-[ 編集]
tanukiさん こんばんは
ここにも同志が一人。
>「神宮美術館」にも高山さんの作品が所蔵されていた
数年前、天皇即位記念展あたりに、高山さんの作品が出ていました。
悠久を感じさせる名品でした。
大仰なことは描かず、本当に静かでそして優しい作品が多かったですね。
見て元気になる、と言うことはないですが、見ることで心和むようでした。
2007/09/22(土) 22:42 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
高山先生についての文章を興味深く読ませていただき、感動とともにコメントさせていただきました。
2007/09/24(月) 17:11 | URL | yuyu-museum #-[ 編集]
yuyu-museumさん こんばんは
それぞれの高山辰雄像があるでしょうが、やはり「静けさ」を感じるのは皆一緒かと思います。
激しさはなくとも精神の深いところでの安寧、それがいつも感じることでした。
2007/09/24(月) 18:06 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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