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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「モディリアーニと妻ジャンヌの物語」を見る

既に東京で多くの感銘を与えた『モディリアーニと妻ジャンヌの物語』展が大阪でも開催された。8/29?9/24。わたしは日を置いて二度通った。二度ゆくことで意識が変わるかと思ったが、その都度新しい何かをそこに見出し、深い思いに沈んだ。

かつてモディリアーニを描いた映画があった。フランス随一のジェラール・フィリップ主演による『モンパルナスの灯』である。ジャンヌを演じたのは『男と女』のアヌーク・エーメ。50年前の映画を20年ほど前にみている。
モディリアーニの絵のイメージはいくつでも浮かぶのだが、この悲劇の男女のイメージはジャック・ベッケル監督描く映画の二人なのである。
大丸梅田での展覧会は混雑している。ご年配の方々はやはりあの映画のイメージが強いらしく、実際のジャンヌの写真などを見て声を挙げている。
モディリアーニは実物も俳優もハンサムなので、イメージのズレが少ないのかもしれない。

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ジャンヌ・三様

今回の展覧会でわたしはこれまで抱いていた<モディリアーニ>のイメージを修整することになった。
何がかと言うとモディリアーニは今の今まで「自分の個性だけで描いている」と思っていたのだが、ここに展示されている素描などを眺めるうちに「モディリアーニは巧いのだな」と実感した。
へんなことを言うようだが、これまでモディリアーニに巧さは感じなかった。
印象派が世に出て以来、自分の個性を生み出し、確立するのに心血を注ぐ画家が大勢を占めているため、この極めて個性的な画家に技術的な巧みさと言うものを、感じなかったのだ。しかしここに並ぶ素描はわたしの固定観念を打破した。
モディリアーニは巧いのだ。そのことを知っただけでも新しい気分になった。

ジャンヌの作品はこれまで一度も見ていない。本人の顔写真もはっきり見ていない。
髪型や顔立ちのせいか、フランス人と言うよりラファエル前派の画家が描くようなタイプに見えた。パネルの解説文ではビザンチン風の鼻梁が、とあるが幾枚かの写真を見ると九州美人のようである。
そのジャンヌがモディリアーニに出会う以前に描いた作品を見る。
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色彩が重く感じられる。重厚なのではなく、色調に明るさがない。何故この取り合わせなのだろう、と思いながら見て回った。
しかし’15ネール・ドフの自伝的小説『飢餓と悲嘆の日々』に打ち込んで、その挿絵を33枚描いたのを見て、その線描に感心した。ヴァラットンのような感じがあるが、この挿絵はジャンヌによる『飢餓と悲嘆の日々』の二次創作だと思って、改めて眺めた。

モディリアーニ『珊瑚の首飾りの女性』この絵に惹かれた。
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青灰色の背景、青い服、水色の瞳、小さくつぐんだ唇。
この絵とチラシにもなったジャンヌとが、今回いちばん「きれい」だと思った。
mir304.jpg

モデルになった女がそこにいるというだけでなく、キャンバスの中から女がこちらをみつめる。そんな作品だと思った。ただし彼女たちは観客を見ず画家をみつめているのだが。

ジャンヌがモディリアーニの影響を受けだした頃の作品群を眺める。
鉛筆描きに良いものを多く見たように思う。
アールデコの影響も受けている。mir306.jpg

それでか、初期のもっちゃり感がなくなり、モダンになっている。
ジャンヌ自身も髪をアップにしたらしい。二人の作品からそんなことを想像する。

モディリアーニは背景を描かなかったが、ジャンヌは風景画も描いた。静物画も多い。
むしろその方に才能があるように思った。
『中庭』mir305.jpg

二人の住まいから見た風景。どことなく閉塞感がある。空がないからか、視線が下を向いているからか。

愛が深いからジャンヌはモディリアーニの後を追った、そう思っていたが作品を見るうちに違う考えが浮かんできた。
何度も死の観念に囚われてきた、と解説文にもあるが展示品にもその兆候を感じもする。
モディリアーニが彼女の死を呼んだのではなく、彼が彼女の死への傾斜を止める防御盤だったのではないか、ということだ。
ハンサムなモディリアーニの寝顔。mir304-3.jpg

彼女は延々とそれを描く。
しかし最早そこに生命力はない。

母とモディリアーニと三人のニース滞在。そんなある日の情景。
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黒いネクタイ、黒いナイフ、黒い柄の猫。それらに不吉さを見出す向きもあろうが、それよりもこの絵に使われた赤色の方が不気味である。
ワインとスカート。まるで毒の入ったような赤ワインが死んでゆく男と女の前にある。死なない母のそばに瓶はあるが、それは母に帰属しない。そしてジャンヌのスカート。
古い細胞が肉体から剥ぎ落ちたときの血の色と同じような色をしている。

モディリアーニよりジャンヌに深く心を寄せる展覧会だった。
この後どこへ行くかは、わからなかった。

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コメント
大阪でも終わってしまいましたか

> 既に東京で多くの感銘を与えた
私は、良い企画展だと思いましたが、某所を中心に「×」の人も多かったですよね。

> 母とモディリアーニと三人のニース滞在。そんなある日の情景。
実際には、こんな3人が一緒にいる様な情景はなかったのではないかと想像してます。ジャンヌの願望だろうと。

ところで、思いっきり感情移入できました?
2007/09/25(火) 00:23 | URL | 鼎 #-[ 編集]
こちらにも失礼いたします。
私もこの展覧会5月に行ってきました。とてもよかったです。

ジャンヌの顔がラファエル前派の画家が書くような・・・というところに深くうなづいてしまいました。確かにあの野性味あふれる雰囲気はロセッティあたりの絵に出てきそうですね!

ジャンヌにキュビスム風の風景画があったように思うのですが、それがけっこうよかったなと思いました。
2007/09/25(火) 01:43 | URL | chat_noir #-[ 編集]
☆鼎さん こんばんは
おやそうなのですか。ハマッた方の記事しか記憶になくて。
>ジャンヌの願望だろうと。
意見が分かれましたね。わたしはあると思います。母親を連れて出かける女のひと、多いです。特に歳の離れた男と一緒になった娘の母親はついてゆくのではないかしら。
感情移入は所々。挿絵の辺りが特に。


☆chat_noirさん こんばんは
もう二十年前に生まれていればジャンヌはファム・ファタールになっていたかもしれませんね。そんな気がします。
>キュビスム風の風景画
それを見ていて、ジャンヌは人物画より風景画や静物画の方がいいなと思いました。
モディリアーニに影響を受けながらも、芸術上の破綻がなかったのはそのためかも、と考えています。
2007/09/25(火) 22:25 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
おっしゃられるとおり、ジャンヌにも死への
願望がずっとあったのかもしれませんね。
モディを独占したい、モディと付き合うこと
を反対されている親からの逃避、モディの死
への不安・・・などもろもろのことが
現実からの逃避を駆り立てたのかもしれないなぁ
と思いました。
2007/09/26(水) 01:20 | URL | #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/09/26(水) 08:07 | | #[ 編集]
ジャンヌ・エビュテルヌ
 記事を読ませていただいて、4月の感動が甦ってきました。モジリアーニにとっては単なるミューズだったのかもしれないジャンヌの一人の人間としての真実に一歩だけ近づくことができたように記憶しています。

 TBが反映されないことが多いので・・・↓
http://cardiac.exblog.jp/6791910/
2007/09/26(水) 08:54 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
私がモジリアニの絵を初めて見たのは、小学生の頃、兄の美術の教科書をちらっと見せてもらった時でした。細長い顔に、何処を見ているのかわからない目、という描き方に、なぜか興味を惹かれました。色合いも好きだったのかもしれません。
ジャンヌ・・・美しいのに、どこか悲しげな、不幸せな雰囲気を感じさせる女性のようですね。
大阪での展覧会、見逃してしまって残念です。。。
「日曜美術館」のアートシーンでも紹介されていたのに、うっかりしてました。


2007/09/26(水) 17:16 | URL | tanuki #-[ 編集]
☆――さん こんばんは
ジャンヌは思春期の少女の不安をそのまま持ち越してしまったような気がします。
モディとの愛の生活の中でも、愛すれば愛するほど不安が高まり、それを宥めることができなかったのかもしれませんね。芸術上では豊かな解放があっただけに、残念だと思いました。


☆―――さん こんばんは
朝にこの展覧会を見て、夕方にロートレックを見ました。時間の流れを少し感じました。
見てよかった、同じ日に・・・


☆とらさん こんばんは
TBの相性って不思議です・・・うーむ。
>モジリアーニにとっては単なるミューズだったのかもしれないジャンヌ
その女が意思を持っていたことが、彼を愛しすぎたことが悲劇だったのかもしれませんね、なんとなく『アデルの恋の物語』を思い出しています。いい展覧会でした。


☆tanukiさん こんばんは
わたしはけっこう洋画は遅くて高校くらいでしたか、名前にひっかかりまして、そこから関心が湧きました。エコール・ド・パリの画家たちの作品には共通して憂愁と心寂しさとを感じますね。知られざる画家ジャンヌの紹介でもあったこの展覧会、本当に良かったです。残念でしたね・・・
2007/09/26(水) 22:09 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行さん
こんばんは

これ、梅田の大丸ですよね。東京でも観たのですが、
先日、関西に出張に行った際に見かけ、無性に再見
したくなりました。
# 結局、時間の都合がつかなかったのですが...

遊行さんの感想を読んで、思い出しています。
2007/09/28(金) 00:32 | URL | lysander #f8kCkkcg[ 編集]
名前書き忘れました
2007/09/26(水) 01:20:10 の記事は私です。
テストだったら0点になるところでした。
きっと、ジャンヌは少々特異な女性だったのではないかとも思えます。
今から考えると美しい伝説ですが、当時の関係者はモディに対してもジャンヌに対しても
大いに気をもんだのではないでしょうか。
2007/09/28(金) 02:47 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
☆lysanderさん こんばんは
東京の皆さんが本当に感銘を受けられてたので、わたしも早くも見たい見たいと思っていたのです。
惜しいことされましたね。これは今年の展覧会でも上位にランクインですね。
ただ作品を見る、と言うだけでなくその作者と向き合う展覧会だと思いました。
こんなレベルの展覧会に出会えるのもなかなかないことですね。


☆一村雨さん こんばんは
ナゾの方でしたか(笑)
>ジャンヌは少々特異な女性だったのではないか
わたしもそう思います。多分あぶなっかしい感じがしていたと思います。
芸術的才能は早熟だったけれど、精神的には壊れやすい少女のまま時を止めてしまった・・・そんな気がします。愛よりも孤独、というのを思い出しました。
2007/09/28(金) 21:32 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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