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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

狩野永徳展を観る  障壁画など

狩野永徳展に行った。
長い感想となるので二回に分けて記事を挙げることにする。
最初に、これから永徳展に行かれる方へのお節介を書く。
美術館は朝9:30開館だが、土曜の朝は既に長蛇の列だった。わたしは九時少し過ぎに着き結局40分並んだ。何度かに切り分けての入場制限をしている。
しかし二時間後出てくるや、待ち時間0分になっていた。
その後は知らないが、10/20の状況はこうだった。
そして日当たりはよいが、急に冷え込みが始まりだしたので、服装には気をつけてください。
他に、毎日先着500名まで永徳バッヂのプレゼントがあり、嬉しくもわたしは手に入れた。

今回、71点を展示するが、うち5点ばかり前後期に分かれての展示である。
わたしは前期5日目に見に来たので、26.30.32.52.58は見れないが、それはそれで仕方ない。
70点とは言え、全て永徳の作品ではなく、祖父元信や工房作品、更には下関に生きた狩野派の絵師の作品もある。その狩野派の末裔は、明治半ば近くまで生き、本人も名画を残し、そして流派の栄誉を担った永徳の縮図を更に模写して、ここに残している。
狩野芳崖は最後の狩野派の一人だったのだ。

展覧会は以下の章に分かれている。
・ 墨を極める・永徳と扇面画・為政者たちのはざまで・時代の息づかい―風俗画―・桃山の華―金碧障屏画―・壮大なる金碧大画
● =国宝 ◎=重文 ○=重美 番号は図録のそれである。
このうちの名所図以外の作品について先にあげる。
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墨を極める

1  ●  花鳥図襖 狩野永徳筆  全16面のうち12面  京都・聚光院 
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襖絵で下地は本来白色だったろうが古美がついてなんとも言えず良い色合いの地に、墨で梅枝が描かれている。つがいの小鳥たちがいる。翼をまるで指のように挙げて、向こうを差す鳥もいる。
ここのお寺の引き手は小さい。高さもあまりないので、わたしは頭をつかえる可能性がある。
 
3  ●  竹虎図壁貼付 狩野松栄筆  2面    京都・聚光院 
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可愛い虎ちゃんたち。ちっともコワモテでない。向こうから身を低めながら豹が来る。 この時代豹は虎のメスだと思われていたので、それを踏まえるとこの構図はなにやら意味深ではある。
 
4    秋冬花鳥図 狩野松栄筆  1幅 
振り向く雉の顔と牡丹のみ赤色で後は薄い墨絵である。赤の発色がそのために鮮やかに見える。
       
5    花鳥図押絵貼屏風 狩野永徳筆  6曲1双   
一種の花に一種の鳥の取り合わせだが、この取り合わせがわたしは一番気に入った。
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しかしながらこの花が何かはわからない。小手毬かと思ったがそうではなさそうだし、鳥の種類も知らない。しかしどことなく宋画のような雰囲気がある。
       
7    老莱子図 狩野永徳筆  1幅    菊屋家住宅保存会 
二十四孝のひとつ、七十翁が老いた両親を老け込ませぬため、わざと幼児のような素振りをする話である。これは最近の発見らしいが、わたしはどうも二十四孝より二十不孝の方が身に合うようだ。
それにしても、こうした作品が民家から現れるところがさすが京都である。
 
8    二十四孝図屏風 惟高妙安ら四僧賛 狩野永徳筆  6曲1双  永禄九年(1566)  福岡市博物館 
屏風の上部に二十四孝のエピソードを書いたものを貼り付け、その下部に話のキャラの行動を描く。
釜掘り、孟宗の竹の子とり、先ほどの老莱子、虎から父をかばう倅などなど・・・
これは受注生産だったのだろうか。各話の距離の開け方がいい。

10    渡唐天神像 策彦周良賛 狩野永徳筆  1幅    愛知・定光寺 
色んな渡唐天神を見てきたが、この渡唐天神は極めて静かである。不思議なくらい静かである。
墨絵だからというわけではなく、本当に森閑としている。
   
11    柿本人麻呂像 誠仁親王賛 狩野永徳筆  1幅    群馬県立近代美術館(井上コレクション)
人麻呂ポーズである。衣の色合いがいいように思った。
     
12    普賢菩薩像 狩野源四郎落款  1幅  天正二年(1574)  長野・常楽寺 
高橋是清旧蔵品。左から白象に乗った普賢菩薩がご登場。なかなか勢いがいい。
         
14    老松竹虎図 狩野永徳筆  全9幅のうち5幅    アルカンシェール美術財団 
ここの虎ちゃんは丸顔で愛らしい。うずくまっている。構図は先の3と似ている。
        
16  ◎  許由巣父図 狩野永徳筆  2幅    東京国立博物館 
これは、許由は帝堯の国を譲るとの申し出に対し耳が汚れたと言って水で洗い,巣父はそのため川の水が汚れたと言って牛に水を飲ませず帰ったという伝説を描いている。 
衣服のドレープがいい。リアルだった。
     
18    雲龍図屏風 州信印  6曲1双    今治市河野美術館 
ここには二匹の龍がいる。龍の目玉が大変印象的だ。顔立ちは勇壮だが、丸い目玉がコロコロ可愛い。目玉だけ抜き出してみていれば、ファンキーでさえある。
         
20    夏冬山水図 州信印  2幅 
夏と冬それぞれ、舟に乗る絵があるわけだが、 最小限の描線だけで季節の違いがはっきりと見て取れる。そしてその池だか湖だかの静けさまで<聞こえて>来るようだ。
               
22    叭々鳥図 伝狩野源七郎筆  1幅    大和文華館 
これは以前から見知っていたので、なんとなく嬉しい気分になる。
         

永徳と扇面画
       
29    蔬菜図扇面 州信印  1幅    群馬県立近代美術館(井上コレクション) 
これはなかなかおいしそうだった。ナンキンに丸いナスなどがある。これから約二世紀後の青物問屋の若旦那や池田の里に暮らした絵師の描いたそれらともども、おいしくいただきたいような気になる作品。
   
30    二十四孝図扇面流し屏風 州信印  右隻 6曲1双  左隻  
・・・よっぽど二十四孝が好かれていたのか、それともそれを世にしらしめなければならぬ状況だったのか。扇面には二十四孝が延々と描かれているが、それらを乗せた扇は荒波の中に流されているのである。浮世の荒波は孝行息子たちを飲み込もうとしているのか。
 
31    松に鳩図扇面 狩野永徳筆  1本    愛知・真宗大谷派名古屋別院 
牧綌の『ぬれガラス』の構図を参考にしたと言う。どことなく愛らしい。
        

為政者たちのはざまで

36    織田信長像 狩野永徳筆  1幅    京都・大徳寺 
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静かだが、癇癖の強そうな顔である。目元の皺がそれを物語っている。加齢の皺ではなく癇症の皺である。初公開らしい。
   
37    織田信長像 伝狩野永徳筆  1幅    京都・総見院 
こちらは烏帽子も付けたきちんとした姿である。 先のよりは温和に見える。
 
38    細川昭元夫人像 月航宗津賛 狩野派  1幅  天正十年(1582)  京都・龍安寺 
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この女人は信長の妹・お犬の方である。これは兄に似た面差しで、当時ではやはり美人だったのだろうと思う。見たことがあるはずで、以前『桃山の春・光悦展』に出ていた。
 
39  ○  豊臣秀吉像 南化玄興賛 狩野光信筆  1幅  慶長六年(1601) 
やっぱり誰が描いても秀吉は秀吉らしいのだろうか。既に太閤の頃。
         
41  ◎  信長公記 太田牛一筆  全15冊のうち1冊    京都・建勲神社 
時々この本を見る。第一級の史料だから当然か。
   
45    永徳筆天瑞寺障壁画縮図(雑画真景写のうち)狩野芳崖筆  1冊  安政四年(1857) 
探幽縮図はよく見かけるが、永徳縮図は初めて見た。      
       
桃山の華―金碧障屏画―

54    四季花鳥図屏風 狩野派  6曲1双  メトロポリタン美術館
クリックしてください。mir368.jpg

右隻は春、左隻は冬と決まっている。
雪の積もる中、鶴たちがいる。なんとなく鳥の楽園のような景色である。そして地にエンボス加工を施しているので、草々が立体化していた。
 
56    秋草図屏風 伝狩野永徳筆  2曲1双  天正十八年(1590)  宮内庁三の丸尚蔵館   
色々な秋の花草が咲き乱れている。ささやかな幸せを感じる。ユリやキキョウが愛らしい。
ここに入る前はどこのどなたの元にあったかは知らないが、なんとなく女の人の喜びそうな作品だと思った。
 
57    四季草花小禽図屏風 狩野派  6曲1双    東京国立博物館
川のほとりのスミレたち、泳ぐ鳥、菖蒲も綺麗に咲いて、アゲハも飛んでいる。
好きです、チョウチョ・・・mir369.-2.jpg


60    四季花鳥図屏風 州信印  6曲1双 
孔雀ファミリーがいる。孔雀の子供はまだオスかメスかもわからない。なんだかほのぼのしている。
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全体図はクリックしてください。mir370.jpg


61  ◎  群仙図襖 狩野永徳筆  全17面のうち8面  天正十四年(1586)  京都・南禅寺
ここまで剥落していると、下絵のままのようにも見える。なんとなくモノスゴイようである。
引き手は大きい。もしかすると仙術を使って、自分たちの姿を消していったのかもしれない。
尸解仙というのもあるし・・・
     
62  ◎  二十四孝図襖 伝狩野永徳筆  全14面のうち4面  天正十四年(1586)  京都・南禅寺
作品がどうのと言うより、この画題が多いのは、これはもう啓蒙のためとしか思えなくなってきた。     
 
壮大なる金碧大画
67    唐獅子図屏風 狩野永徳筆  6曲1隻    宮内庁三の丸尚蔵館   
嵯峨芸大のゼミで、唐獅子の眉毛の位置を変えたり、背景を白にしたりして、感想を聞く授業があった。TVで見ていてなかなか面白かったが、実際の作品とこうして対峙すると、その迫力に押される。しかしその一方で、愛らしさを感じている。
獅子太くんと獅子也くんが行く。ちゃんと阿吽になっている。

68    老松図屏風 伝狩野永徳筆  6曲1隻    フランク・ロイド・ライト財団 
なんとなくいかにも外人の好みそうな絵だと思った。・・・プライスさんはライトと一緒に日本に来たのだったったっけ?・・・この太い雄渾な線描は今なら片岡球子しか描けないように思う。
   
69  ●  檜図屏風 狩野永徳筆  8曲1隻  天正十八年(1590)  東京国立博物館   
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もとは襖絵だったそうだ。『本朝画史』に「怪々奇々」と書かれた頃の作だと言うが、却ってこちらのシリーズ?の方がいい感じがする。

70  ◎  松図襖 伝狩野永徳筆  全20面のうち6面  文禄四年(1595)頃  京都・妙法院 
これは実は永徳の死後の絵らしいが、立派に巨きい作品に圧されて、伝・永徳と思いたくなる作品、と言うことだった。
なかなか納得のゆく話だった。実際この絵の前に立つと、その気持ちがよーくわかる。
   
71    老松桜図屏風 伝狩野永徳筆  6曲1隻    ホノルル美術館
赤い幹がいい。白い苔かと思えば桜だった。 「怪々奇々」さが深い味わいになっている。    

だいぶ前のことだが、スターウォーズの新作をジョージ・ルーカス本人が監督することが発表されたとき、映画評論家の誰かがこんなことを言った。
「映画界の狩野永徳たるルーカス」・・・これは時代遅れで、という揶揄を含んだ発言だったが、スターウォーズ三部作は胸に堪える名品だった。
そして狩野永徳。こんな見事な作品群を目の当たりにした感動は大きい。
あの発言は揶揄から賞賛の意味に完全に転じた、とわたしは思った。
 
風俗画などは後日に続く。
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コメント
金曜の9時33分京都着なんですけど、もう1本早くしようかな。
開館2時間後は列がなかったと言うのは、某所の受胎告知に近いパターンですね。オルセーは、終日列がありましたが、受胎告知は午前だけでした。(会期末はさすがに混んでいたようですが)

私は、ようやく昔買った、黒田日出男著「謎解き 洛中洛外図」/岩波新書 を読み終わりました。
図録の論文が楽しみです。
もちろん目玉の上杉本も。
今考えると、歴博の「西のみやこ 東のみやこ」も面白かったですね。
2007/10/21(日) 00:58 | URL | 鼎 #-[ 編集]
お待ちしてました。全2回シリーズですね。詳細なご感想をありがとうございます。ルーカスと永徳ですか。私も言い得て妙だなと思います。

>しかし二時間後出てくるや、待ち時間0分になっていた。

つまりは朝一の方が混雑しているのですね。それにしても早々の40分待ちとは…。混雑は覚悟して行きます。

私も拝見したらまたTBさせていただきます。楽しみです。
2007/10/21(日) 01:17 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
こんにちは。
朝一番は、やはり混んでいるようですね。
でも、ピンバッチのプレゼントは面白い企画です。
私は午前中に入りましたが、残念ながら先着500名に
ならず、バッチ入手できませんでした。

本展を見て、琳派の方が私は好きだということを再認識
しました。
2007/10/21(日) 15:42 | URL | meme #z8Ev11P6[ 編集]
☆鼎さん こんばんは
時間の読みは難しいです。なんせ某所のミルクメイドも金曜の夜間はスイスイと見れましたから。
岩波新書ですか。わたしは岩波グラフィックです。図録は2500円です。論文だけでも読めばよかったけれど、連れがあるのでそれはやめました。どんなことかいてるかな・・・知りたいです。歴博のはいい展覧会でした。楽しかったです♪


☆はろるどさん こんばんは
ルーカスと永徳、まったくなっとくです。
初期の墨絵も良かったですが、晩年の金碧障壁画には気合が入ります。
京都では順番通りでなく空いた所からご覧ください、と係員が叫びますので、スイスイと身を入れていってご観覧なさることをお勧めします。
(そうしても別に無礼ではないので)
またTBをお待ちいたします。
やはり昼間は暑いです。


☆memeさん こんばんは
バッチ惜しかったですね。永徳の名前と例のマークがついています。

琳派はプライベートな楽しみに満ちていると思います。狩野派はパブリックアート専門なのでやっぱり違いますね。
わたしは古流で言えば土左派より住吉派が好ましいですが、源氏絵では土佐派の方がいいなとか思います。今回の永徳を見て、安土桃山時代という<時代>を実感しました。
2007/10/21(日) 18:24 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
--さん こんばんは
いや、全然お気になさらず♪そのパックツアーなかなかよいですね。そういうのを使うのはよいことですよ。

また感想をよむのがとても楽しみですよ♪
2007/10/22(月) 21:51 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
凄い展覧会でしたね。
遊行さん、こんばんは
金碧障壁画にある種の威圧感を覚えました。
あの時代、信長や秀吉はあの太い巨木を背に座していたのでしょうね~
ちょっと怖いです。
日本のパブリックアートの頂点が永徳だったのだと(&狩野派恐るべし!!!)実感した展覧会でした。
2007/10/25(木) 01:20 | URL | アイレ #-[ 編集]
アイレさん こんばんは
>信長や秀吉はあの太い巨木を背に座していたのでしょうね
我こそは日本の王なり、という気分ですよね、凄いな~~
なんか近年狩野派の展覧会が多くなってきましたが、これがまぁ頂点ですよね!
うーむ、気合入りました。
2007/10/25(木) 22:33 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんばんは。

唐獅子図屏風の迫力もさる事ながら、檜図屏風の、まるで生きているかのような、妖怪になっていしまったような表現も素晴らしかったですね。

ピンバッチの先着プレ、全然知りませんでした。知ってたらもっと早い時期に行くんだったなぁ
2007/10/27(土) 22:21 | URL | 紫 #-[ 編集]
紫さん こんにちは
檜図、松図、などの早すぎる晩年の<巨木たち>は考えようによっては、狩野派三百年の計へのアンチテーゼ、もしくはその礎となる自己への捧げものでもあったかも、と思いました。
それ以後のガチガチのシステマティックを思うと、なんとなく。

バッヂかわいいです♪
2007/10/28(日) 11:04 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
狩野永徳
TBとコメントありがとうございました。
永徳には縄文の激しさを感じました。あるいはアニミズムの世界といったほうがよいかもしれません。
http://cardiac.exblog.jp/7631159/
2007/10/28(日) 21:25 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
とらさん こんばんは
なるほど、そうした視点から眺めると、ライバル等伯は一体どうなのでしょうね。
なんだか思考の枠が広がりましたよ。
2007/10/28(日) 21:56 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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