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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

せなけいこ展は楽しいぞ

うめだ阪急についにせなけいこ展が来た。
横須賀美術館で開催していた時行けなくて残念な思いをしていたが、阪急に来ると知って元気になった。
「ねないこだれだ」誕生50周年記念、と副題がついている。
チラシを見ると、おばけが面白いことを言っている。
「みないこはおばけになってとんでいけ!」
おお、こわい。
「ねないこは」じゃなくて「みないこは」か。
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せなさんの絵本はなかなか強烈な話で、ブラックユーモアなものもある。

幼稚園の時、この絵本をみて面白くて面白くて大好きになった。
当時のわたしは字もよく読めたので「小さい魔女」「つる姫」といった児童文学も大好きだが、幼児向けの「ねないこだれだ」と「いやいやえん」はこれまた大好きな本だった。
いい子の話はあまり好きじゃなくてだね、当時の幼児番組「ロンパールーム」のキャラでいう「困ったちゃん」だったわたしは困った子どもの出る話が好きだった。
「いやいやえん」のしげるもそう。
とはいえ「ねないこだれだ」のねないこが最後におばけになってとんでいけ!と足がおばけ形になって夜空を飛んでいくのを見た時には、さすがに「ヒーッ」になった。
しかしそれは怖くて「ヒーッ」になったのではなく、この子供がおばけになって消えた後、家の人はどうするのだと思ったのだ。
ちょっとばかり視点が違ったのかもしれない。

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せなさんが貼り絵の手法で作品を拵えているのはいつからか知っていた。
絵本を見ているうちに知ったわけだが、それでもそれが「貼り絵」だときちんと気づくまでには多少の時間がかかる。
今回こうして原画を見て紙の毛羽立ちなどを知り、嬉しくなったりする。
せなさんは特別な用紙を支度して作品に当たるわけではないらしい。
たとえばおばけと並んで人気の高い「めがねうさぎ」うさこちゃんの緑のチェックの服は鎌倉のお店の包装紙で、せなさんはそれがとても好きだそうだ。


このおばけとうさぎの競演も楽しい。
「おばけのてんぷら」などはもう最高。

ものすごくてんぷらが美味しそうなのだ。
特にレンコンと人参。
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なかなかせこいおばけ。
山の上で寝そべる姿も可愛い。
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しかしせこいおばけもうさこちゃんの破壊的パワーには負ける。
この後とんでもない展開がおばけに待っているのだ。

後年、水木しげる「悪魔くん」で、なぞの印度人が背中に飼ってる人魂を使って他者に憑りつく何かを退治するシーンを見たが、そこでは人魂はてんぷらにされて当事者に食べられた後、憑りつきものを固めて排出させる。
こちらの人魂はてんぷらにされてもあのおばけのようにはならないのだった。




せなさんは子育て中にこれらの作品を世に贈った。
「いやだいやだ」の女児はご本人が幼児期にもらった「もじゃもじゃペーター」が影響しているそうだが、「もじゃもじゃペーター」もたくさん問題を起こすルルちゃんも最後にはほんのりほっとする。
「いいこ」でいられないこどもたちには同じようなことをしでかすこどもが必要なのだ。



「ひとつめのくに」は落語から。せなさんのだんなさんは咄家。なんだかとても納得がゆく。
なかなかというかかなり怖い話だが、それをこうやってさらりと絵にする。

せなさんの絵本作家デビュー以前の作品が出ている。
今回の展覧会のために家探ししたところ色々と資料が出てきたそうだ。
幻燈のための作品など。

せなさんに貼り絵でゆけと背中を押した人がいて、その人はセロファンで作品を拵えていた。
セロファンも思えば以前ほどには見なくなった。独特の良さがあるのだがなあ。

それにしてもせなさんの作品は何十年経とうと面白い。
近年は娘さんも仲間入りして制作に励んでおられるそうだ。

グッズも楽しいものでいっぱい。
わたしはこのおばけだらけのファイル購入。
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他にもマスキングテープやいろんなものがある。
とても楽しい。
1/6まで。

創刊65周年記念 なかよし展に行った!

弥生美術館で少女マンガ誌「なかよし」展が12/25まで開催されていた。
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わたしなどは昭和の子どもなので展示の最初の方にきゅんっとなったが、本誌から離れた後でも「あっこれ知ってる」と言う作品が実に多いのに、改めて「なかよし」の底力を感じた。
「なかよし」は「りぼん」と並んで主に小学女児のハートを直撃した。
後に「ちゃお」も参戦して、今では三大雑誌になったそうだ。
なんでも90年代がいちばん勢いがあって200万部を超えたという。
月刊誌で200万部越えというのはすごい。
今は雑誌不況だからその勢いはなかろうが、それでも往時そこまで売れたのはやはりよい作品が多かった証拠だ。
常にどの世代の心に残る作品のある「なかよし」。素晴らしい。

「なかよし」は対象年齢が小学生主体で少し超えても中学生までだという。
それについてはかつて「キャンディキャンディ」で看護師となったキャンディが15歳になったところで、読者と年齢が乖離するからここまで、という話を「いきなり最終回」でのインタビューで読んだ。
実際わたしも「なかよし」を読んでいたのは「キャンディキャンディ」の最終回までだった。

展示は創刊号の頃の作品が出ていた。
手塚治虫「リボンの騎士」である。この作品は多くの雑誌掲載をしたがために色んなバージョンがある。
観ていると隣に立ったわたしより年配のご婦人方が「リボンの騎士」が大好きだった話を始めたので、少しばかり聴いた。
わたしは手塚作品はアニメから入っている。
そう、このご婦人方と同じく「リボンの騎士」から。大好きな作品。
今では再現できかねるようなレトロカラーが可愛い。

絵物語は勝山ひろしの愛らしい少女。1955年には彼の作品を見ない雑誌はなかったそうだ。
今では絵物語は消え失せてしまったが、少年誌にも少女誌にも存在し、名作物を読者向けに提供してくれもしたのだ。

今も現役イラストレーター田村セツコのキュートな表紙の時代も続いたそうだ。
今見てもとてもおしゃれだ。70年代初頭の時代の空気がここからも読み取れる。

そしてストーリーマンガ。
まずはホラーとスリラーとサスペンスとを少女マンガに定着させた最大の功労者の一人・高階良子さんの作品がきた。
「地獄でメスがひかる」このカラー原稿があった。水彩とカラーインクの併用。
ドクター巌の登場である。
天才医学者・巌俊明は複数の遺体から美しい部位のみを取り集めて新しい人体を製造した。その身体に自己の醜さに苦しむ少女の脳を移植するが、やがて精神状態がまともでなくなった少女自身の手により、元の身体は損壊され挙句は焼却されてしまう。巌の成果は灰燼に帰し、更にその少女への愛を自覚したときには、少女は自ら死を選んだあとだった。

この作品は後年続編が生まれ、大々的な連作「悪魔たちの巣」となり、主人公ドクター・イワオの本当の最期までを長い歳月をかけて描いていた。
高階さんにイワオへの愛着があればこその連作であり、その始まりはこの「なかよし」での「地獄でメスがひかる」だったのだ。
出ていたのはクライマックスの遺体炎上シーン。

次にわたしが最初に見た高階さんの作品「血まみれ観音」冒頭の2色カラーページが出ていた。
人面疽は薄いベージュ色で気持ち悪く笑っていた。
これは原作は横溝の「夜光虫」だが、後年原作を読むようになったが、実はこの「血まみれ観音」の方がずっと面白いのだった。
よくこの第一回目を読めたものだ。
それから今に至るまでずっと高階さんのファンだ。
これもみな「なかよし」のおかげだ。

「血まみれ観音」は謎解きの話に恋愛が絡まるのだが、読んでる当時は本当に怖くてどうなるかわからなくて、しかも主人公が殺人者だと間違われるのがつらくて…
こんな子供の頃から共感性羞恥の人だったのがこのことからもよくわかる…
近年読み返した際、背景に面白いものをいくつか発見した。ビアズリーの模写などを邸宅の装飾に使っていたのだ。
それに気づいたとき、嬉しかったなあ。

展示されていた本の表紙などもちょと挙げておく。
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何十年と持っているのでだいぶへたってきたが、それでも今も大事な本だ。

名前だけの紹介だったが、曽祢まさこさん「わたしが死んだ夜」も面白かった。今読んでもやはり面白いし、よくできた作品。
残念ながら曽祢さんの姉妹の志摩ようこさんの作品紹介はなかった。
「遠い日のミレーヌ」「白夜のナイチンゲール」「ロリアンの青い空」「リリアーナの黒髪」などなど名作が多かった。
原ちえこさんの「三つのブランコの物語」「フォスティーヌ」もよかった。

美内すずえさん「妖鬼妃伝」が「なかよし」連載だとは今まで知らなかった。
この美内さんと言えば集英社の昔の別冊マーガレット時代のホラー、白泉社「花とゆめ」での「ガラスの仮面」がすぐに思われるが、講談社でも仕事をしていたのか。それもこの名作を。
いつ読み返しても面白い「妖鬼妃伝」。つい最近もセレクションで刊行されていた。

さてタイプ変わって可愛い作品を。
たかなししずえさん「おはようスパンク」 これはもう可愛くてね。スパンクと愛ちゃんの楽しい日常を描いた作品はグッズでも人気があった。いいふろくがいくつもあったなあ。
ここにも当時のふろくが並ぶ。
わたしは犬より猫の方が親しいのでスパンクの可愛さをあまり享受しなかったが、それでも「なかよし」にこのマンガがあるのはいつも嬉しい気がした。
ただ、主人公の少女が途中で変わるのは知らず、今回そのあたりの様子が出てくるのを見てびっくりした。

「なかよし」は犬の出演が多い。
前述のスパンクもだが、今も続く「わんころべえ」も無論わんこだ。
そして「鬼灯の冷徹」のシロを主人公にしたスピンオフ作品。
…ここまで書いて気付いたが、講談社は犬が出てくるマンガの方が多い気がしてきた。
「BE LOVE」連載の「ハッピー」は盲導犬だ。
ネコが主体のマンガは「ホワッツマイケル」「ふくふくふにゃーん」くらいしかとっさに思い浮かばない。
他にもあるだろうが、ちょっと今は出てこない。
犬マンガの大家・高橋よしひろさんは別な出版社だし、谷口ジローも講談社では犬のマンガは書かなかった。

「わんころべえ」特集。あべゆりこさんの可愛い四コマ。わたしは勝手ながら「わんころべえ」はアメリカのスヌーピーと肩を並べるマンガだと思っている。

グッズ特集をみる。国鉄との規約で戦後のふろくは長らく紙がメインだった。
なので70,80年代は薄いふろくばかりだったが、色々と工夫が凝らされていてとても愛らしい。
途中から規約が変わったのでふろくの材質が変わりいろんなものが作れるようになった。

既に過去何度か弥生美術館ではふろくの展覧会が開催されているので見知ったもの、実際に自分が持っていたものも出ていた。こういうものを見ると色々と楽しい記憶が蘇る。

さてわたしが実際に読者だった頃の「なかよし」はこの辺りまでで、あとの展示は今になって初めて見るものが大半を占めていた。
だが全く知らないかと言えばそうでもない。
「セーラームーン」「プリキュア」「カードキャプターさくら」などは知っている。
そうか、どの時代も全てファンの少女たちが愛した作品が多くあり、それが世に広まったのだ。
だから今も続く。これからも続く。

撮影スポットには「なかよし」で描いた作家さんたちのサインボードもあった。


楽しい展覧会だった。

「ポーの一族」展を見る

ポーの一族展をうめだ阪急でみた。
12/16まで開催していた。
これは以前にgooで挙げた分の転載である。
元の記事はこちら
そこに多少の変更を加えた。


夏には松屋銀座で見た。
わたしは梅田でも二度見た。
三度みてもまだ見たいし、見ると新しい喜びと悲しみが生まれる。

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萩尾望都さんの「ポーの一族」は70年代初頭から半ばまで連載され、長い時間を眠り、近年になり復活した。
びっくりした。
まさかの復活である。
尤も描かれたのは1940年代、第二次大戦中の話なので、既出作品の系譜に組み込まれる時代の逸話である。
「春の夢」。
40年前の萩尾さんの仕事ではなく、21世紀の萩尾さんが描いた物語なので、絵が変わったことなどよりも、むしろ登場人物たちの感情の描写に容赦がないことに気づく。

私見だが、この容赦のなさはやはり80年代以降の産物だと思う。
それは萩尾さん一人の変化または進化なのではなく、80年代になってから、少女マンガの描写の規制を作家たちが自身の力で乗り越えたからこその変容だと思う。
なのでその意味で80年代はとても重要な時代だった。
現在に続く少女マンガの範疇に含まれる作品群は、基礎に70年代があるが、80年代こそが直接の母胎だと思う。

しかし本当に驚くべきはその後に描かれた「ユニコーン」である。
炎上する館の中で、巨大な時計に裾を引っ張られ炎の中に消えたアラン。
この衝撃は大きい。わたしが「ポーの一族」にあまり心を寄せないようにしてきた最大の理由はこのシーンだ。
「もう彼はいない」ということに耐えきれないからだ。
だが、現在状況が大きく動いた。
彼の復活をエドガーが画策していたのだ。
「見る?殆ど炭だけど」
凄いセリフだ。
ここに至るまで40年の歳月が全ての人に必要だったのだ。
作者にも読者にも。

話を元に戻す。
70年代の「ポーの一族」の原画をみる。
70年代の美の粋がここにある。
現代ではもうこの美は再現できない。再現したとしてもそれはもう美しいものではない。
息を止めて眺めるこの美は過去の美であり、泰西名画のオールドマスターたちの手によるものと同じ存在となった。



わたしは「ポーの一族」の遅れてきた読者だった。
リアルタイムに掲載誌を読めなかったこともあるし、単行本も読まずに来て、本当に萩尾さんの読者になったのはもっと後だ。
とはいえ「ポーの一族」はかなり前から知っていた。
それは木原敏江さんの「銀河荘なの!」にヒトこまだけ萩尾さんがエドガーを描いているからだ。
何故わたしがポーを忌避したか、その最大の理由はかれらがバンパネラー即ち吸血鬼だからだ。
「銀河荘なの!」も吸血鬼の話だが、それよりもSF要素の方が大きかったこともあり、血を吸われた人間の無残な死にざまが描かれていなかったこともあって、わたしは木原さんの作品で少しばかり吸血鬼への恐怖を克服しようとしたのだ。
全てはクリストファー・リー先生のドラキュラ伯爵があまりに恐ろしかったのが原因だ。
この辺りのことについては今回は措く。

最初に読んだ作品についてはこちらにあげている。
萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく
「わたしは萩尾さんの作品は「ポーの一族」からではなく、「百億の昼と千億の夜」「11人いる!」から「トーマの心臓」そして「ポーの一族」へと進んだのだ。
そしてSFでは「スター・レッド」をリアルタイムに読んだ。
こうした読者だからやはり萩尾さんの作品ではSF作品に特に惹かれている。」

三年前の展覧会の感想の中の一節である。

今回の展示で原画の美を堪能したが、更に貴重なのは雑誌予告カットだ。これは「返却希望」と記されていて、それがために今日まで生き残った貴重な資料なのである。
当時の雑誌を読んでいないとこれらのカットとは永遠に無縁でいただろう。それがこうして保管されたことで21世紀の人々も見ることが叶った。まことにありがたいことである。

「ポーの一族」についてもう少し個人的なことを記す。
わたしと妹とは視線が交わらない。
三歳違いだが、観るものが全く違う。
妹は特撮もSFも大嫌いだ。マンガもわたしとは違うものしか読まなかった。
だが、「ポーの一族」だけは妹の方がのめりこんでいた。
妹が言うには「あれを読むと日常から遠く離れたところに行った気になる」そうだ。
当時のわたしはまだ「ポーの一族」に向かえなかった。しかしついに読むことにした。
素晴らしい作品だった。素晴らしいキャラクターだった。
しかしわたしにはもう心の中に「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王と「スター・レッド」のセイがいた。
そう、わたしにとって萩尾さんの絶対的イコンはこの二人の少女なのだ。
少年愛に生きるわたしだけれど、萩尾さんのマンガではこの二人のキャラクターが最高で、描かれた少年は「11月のギムナジウム」「トーマの心臓」そして「訪問者」が最高なのだ。
どうしてそうなのかはもう考えない、わかっていても答えは出さない。
だが、エドガーもアランも大切なのは確かだ。ただ、そういうことだ。

この展覧会がうめだ阪急で開催された意義について。
宝塚歌劇で上演されたことが最大の理由だと思うが、やはりここで開催されたことは嬉しく思えた。
その昔の「ベルばら」以来「オルフェウスの窓」「はばたけ黄金の翼よ」=「風のゆくえ」、「白夜わが愛」「虹のナターシャ」などなど少女マンガの名作を上演してきた宝塚歌劇。
生徒さん方は睫の一本一本、巻き毛の一房たりとも決して疎かにはしない。
全身全霊をもって作品世界の美を守り、更なる美を目指す。
この作品が宝塚歌劇で上演されたことは歌劇にも原作にも素晴らしいことだと思える。

歌劇関連のコーナーは撮影可能だったので、ツイッターを再録する。













萩尾さんの他の作品の紹介を見る。
「トーマの心臓」が最初にあった。
冒頭の遺書と少年の死のシーンの原画がある。
わたしにとっては竹宮さんの「夏への扉」と共にヘルマン・ヘッセ「車輪の下」、トーマス・マン「トニオ・クレーガー」に並ぶ文芸作品だ。
マンガも小説も異なるのは表現方法だけだと思う。隔てるのは個々人の意識だけだ。

「トーマの心臓」には「ポーの一族」のようなファンタジックな要素はない。
だが、少年の心の繊細さ、愛情の複雑さは変わらない。
そしてわたしはこの作品の登場人物・オスカーの前日譚である「訪問者」に強く惹かれ続けている。

今回の展示に紹介されていないが、「エッグ・スタンド」と並んで心の痛む作品として、どうしようもないほどの愛着がある。
萩尾さんのSF作品とは別方向の愛情がここにある。
オスカー少年の哀しみをわたしたちに伝えてくれたことを感謝している。

初期の作品よりもわたしはむしろ80年代の短編に酷く惹かれている。
自分が少女だった時代に読んだからかもしれないが、この時代に少女だったことを本当に嬉しく思う。
素晴らしい作品群を与えられたからだ。

「銀の三角」の儀式の場の原画を見る。
言葉の一つ一つにひそかに震える。その心地よさ。だが。
いまだにどうしてもこの作品が読めずにいる。
わたしはハードSFを理解できる頭の構造にないのかもしれない。
たぶん間違いなく。

「半神」もどう考えればよいのか悩むことがある。
なぜ悩むのか。せつないからだ。死んでいった「妹」の姿が元の「わたし」だからだ。
ではここにいるのは誰か。
読むたびせつなさにうちのめされる。

カラー原画がいくつも。
「イグアナの娘」鏡を見るイグアナ。
母親と娘と言う関係のどうしようもなさをよくもここまで明らかにしてくれたな、とよく思う。
わたしも母親には長年苦しまされている。だが介護する今、共依存に近い関係になってしまった。
母親と娘の絶望的な関係を描いた作品と言えば、この「イグアナの娘」、近藤ようこさん「アカシアの道」などがあるが、いずれも読んでいて身につまされる。
楳図かずおさん「洗礼」の母娘にはまだ救いがある。二人には未来があるだろうからだ。
「イグアナ」も「アカシア」も娘の魂が浄化されるのは娘が一人になって後のことだ。

「メッシュ」のカラー原画をみる。
この作品から完全に絵柄が変わったと思う。
物語もそうだ。それまで表現しなかったことを描くようになった。
そしてそうすることで更に時代が進んだ。

「マージナル」の原画は群衆の絶望の表情が選ばれていた。
何故この原画を選んだのかは知らないが、実際ひどく象徴的なシーンでもある。
物語の流れとしてこの続きが非常に好きなのだが、それは出ていなかった。

「残酷な神が支配する」のカラー原画はいずれも静かな、そしてどこか不穏な空気が漂うものだった。
わたしはこの作品がトラウマになり、今もとてもニガテだ。
普段もっとひどいモブレやゲイSMを読んでもいるのに。
肉体への暴力だけでなく、精神への暴力に屈している主人公たちがつらくて仕方ないのだ。
共感性羞恥の主であるわたしは他のことでも無駄に共感してしまい、それに苦しむことが多い。
なので、この作品がつらくて仕方ないのだ。抵抗できない、というのがつらいのだ。

この頃からカラーの色調が変化したと思う。とても濃くなったように思う。
シルクからゴブラン織りに変わったくらいの質感を感じる。
昔の彩色もよかったが、わたしは現在の濃い色調のものがより好きだ。

75年と2018年の比較を少し。

本質は変わらないが、やはり違う。

場内には人形がいくつか展示されているが、その中にあの美麗で幻想的な作風の画家・東逸子さんの造られた人形もあった。
萩尾さんの描く少年の美を三次元化するには、絵をそのまま再現するよりも、その魂を理解し共有する方の手で造られた方が良いと思う。なので躯体は他の人の手によるものであろうとも、東さんがカスタマイズされたことでこの人形は完全にエドガーになった。

まだまだ思うことはあるが終わろう。
完全なる一人想いの話だ。


会場を出る。そこにもまた萩尾さんの絵が氾濫していた。

ポーの一族展のグッズショップが楽園のようでもあり地獄のようでもあった。
何もかもが欲しい。欲しいものしかない。しかし全てを手に入れることはわたしには出来ない。嗚呼。
壁にはデザイナー吉田稔美さんデザインの風呂敷もあった。エドガーとアランが座してこちらを見る図。

商品化される以前、祝物としてこれは配られた。
吉田さんからこの風呂敷の意匠についてその時に教わっていた。ありがたいことである。

わたしもいくつか購入したが、そうすることで「ポーの一族」の世界に少しばかり自分も置いてもらえた気がした。
グッズを購入するということは、そういうことかもしれない。

梅田の後はまた違うところへ巡回する。
いつかまた拝見したいと思っている。

富野由悠季の世界展に行く その6

いよいよこれで最後である。
伝説巨神イデオン。または映画「THE IDEON」接触篇・発動篇

当時の劇場版予告編


展示のプロローグにイデオンのシナリオや絵コンテの一部が紹介されていたが、色々と面白くみた。
「異星人を撃て」の最初のタイトルが「憎悪・女の対決」だったことを知る。
これは後々響く。つまり姉妹の憎悪の念は物語終盤に大きな悲劇を齎す原因となるのだ。
奔放でわがままな妹への憎悪、堅苦しい自分を誇る気持ちと共に苛立ちが潜む姉。
妹は大抵姉に対して無神経だ。そして姉は頑ななのだ。

映画中盤で姉妹の対決があり、姉は妹の顔に「下種が!」と罵りながら三発撃ち込む。
その後に姉は父親に本当の気持ちを告白する。
「あの子は好きな男の子を宿せたのに、わたしはダラムの遺言さえ手に入れられなかった。
同じ姉妹でありながら…」
せつない、非常にせつない。あれから何十年も経ったというのに、今もつらい。
わたしは姉ハルルが好きだ。

イデオンという作品の奥深さに、今なお惹かれ続けている。
知れば知るほどイデオンは面白い。
映画化された時も何度見に行ったか。
とても良い作品だった。
映画化された分で唯一の不満は接触篇が終わるときのギジェの颯爽とした姿が、発動篇冒頭であっという間に消えてしまうことだ。
同じ「これが イデの 発現か」というセリフであっても、TV版のゆっくりした発声、そうかという納得が消えて、映画版ではあくまでも疑問符のついたセリフとなっていた。
これだけが口惜しい。
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他に大きく変わったのは病床の夢の中でのイデとの対話がべスからコスモに変わったことだ。
当時のアニメ雑誌に主人公らしさを保つための策だということが書かれていた。
コスモよりもベスの方が確かに様々なものを抱えていて、そこがよかったのだが、そのためにコスモの影が薄かったのは確かだ。

この作品は登場人物たちの強大なエゴによって成立している。
エゴとエゴの衝突、それが全ての引き金であり、終焉へのスイッチである。
しかも全てを握る鍵であるイデそのものがエゴの塊なのである。
「全にして個、個にして全」とイデ自体が答えている。
正義も悪もイデにはない。無垢なるものを守る、ということだけを第一義にしたイデのエゴにより、現行人類は滅亡する。
イデは相争う人類に絶望したのだ。そして魂をリニューアル、クリーニングしようとする。
だが、それすらもまたイデの恣意的な行為に過ぎず、無垢な人々になったとはいえ、地球人もバッフ・クランも再生を果たして後、無垢であることを捨てざるを得ないのだ。

つまりいくらでも同じ結末が繰り返されることが<予想>ではなく<予定>されている。
こうなるとこれはもう萩尾望都さんの言葉を借りるなら「時空間のトラウマ」ということになる。
ある時点で必ずダメになるのが確約されている人類。

展示には出ていないが、当時購入したグッズにはイデオンの概要が英訳された一文が掲載されたものがあった。
完全には覚えていないが、encounter、mankindなどの単語があり、覚束ない翻訳をしたところ、「二つの人類が250万光年離れた地球で遭遇した」から始まる文で、妙にドキドキした。

バッフ・クランのメカニックは有機的な曲線を見せるものが多く、そのあたりが非常に印象深かった。
先走るが、バッフ・クランの最終兵器ガンドロワを見たとき、誰もが「束子だ…」と思ったものだった。
「あいつ、加粒子砲そのものじゃないか」とは誰も言わなかった。

湖川さんのキャラはあの当時とても大人びて見えた。
タツノコのキャラと同じく筋肉と骨とをしっかり感じさせる立派な肉体を持っていた。
そしてそれだけにあの当時だからしかたないとはいえ、年齢設定があまりに嘘くさすぎた。
みんなどう考えても設定年齢+5歳くらいなのだ。
いや、そうでないとやはり面白くない。
もちろんアーシュラたち幼児はあのままでよく、コスモやカーシャ、ロッタ、リンら少年少女はよい。
問題はカララやシェリルたちなのだ。彼女らのどこが十代なのか。いや、これは日本人的発想か。

わたしがアニメから離れていった最大の理由は年齢によるものだった。
主人公たちは十代でないとダメというのがだんだんに辛く、二十代になった時にわたしは彼らから離れるしかなかった。
マクロスで19歳の娘がおばさん扱いされるのを見たとき、まだ少女だったが、出ていく日が設定された気がしたものだ。

話を元に戻す。
湖川さんの最大の特徴はアオリである。キャラの顎やえらの輪郭線の確かさ。
安彦さんの骨や筋肉とはまた違う。安彦さんの最大の魅力は男性の腿だと思う。少年と青年と老年の腿の張りの違いを安彦さんは描き分ける。
湖川さんの魅力はやはり骨格だ。
とはいえ後年の「ザブングル」はあえてまるまるとしたキャラ造形だったが。

湖川さんの横顔だけの群像図を見る。全体は青く染まり、ただ一人カララだけが多彩だ。
横顔に個々人の骨格の相違が現れている。興味深くそれを眺めた。

徳間書店ロマンアルバム
TV版と映画版と
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無限力イデの伝承について。
これは今となって気づいたことだが、ロゴ・ダウで遭遇する二つの人類のうち、何故バッフ・クランにだけイデの力の伝承・伝説があったのだろう。そもそもバッフ・クランがロゴ・ダウに向かったのはイデの力という伝説を調べに、その遺跡の発掘にきたのだ。
そこでまさかの別人類と遭遇、色々齟齬があって対話もなく戦闘状態に入ったことから、全てが始まった。
尤も奥には色々とあったのだが、それはここでは措く。

富野監督のラストでとんでもないことが起こる、というのはここでも踏襲されている。
善悪の逆転はトリトン、ザンボット3で為されたが、イデオンはTV版の打ち切りの続きを発動篇で描いた。
ここで富野監督はきちんと全員を殺してきた。
「因果地平へ」とは言いながら、当時の常識を打ち破る衝撃的な死に様を見せてくれた。
発動篇冒頭のギジェだけでなく、物語自体にはさして重要でなくともキャラ的に人気の高かったゲストキャラのキッチ・キッチンの首を爆風で飛ばした。
TV版では花の中で死んでゆく少女が、映画では逃げる最中に爆風で吹き飛ばされ、思いを寄せあった少年の前でバラバラ。
それもまたにくい演出で、コスモのバイザーにキッチンの生首の飛ぶのが映るのである。
そこで怒りの「バッフ・クランめーっ」の叫びと共にタイトルロゴが現れるのだ。

イデオンほどキャラの死のありさまを克明に描いた作品は他にない。
幼女のアーシュラの死も無残だった。敵の半分にちぎれた胴体が囲みを破ってこちらに飛んできたのを唖然と見守るところへ、バズーカ砲が直撃。首が飛んだ幼い宇宙服がよろよろと2,3歩進んで倒れるのだ。
今ではこれは出来るのだろうか。

二つの地球にも容赦なく隕石群が落ちて星そのものが割れる。
「バッフ・クランの業を持つ」と自認したドバ・アジバが部下たちに射殺される。
その直後についにガンドロワのシステムが作動する。
宇宙に出ている人々もそれぞれが圧倒的なガンドロワによって死ぬ。
叫び声があるのはましで、自分の消滅を自覚できぬまま死んでゆくキャラも多かった。

そして全人類の消滅後に再生が待つ。
敵味方関わりなく、昔からの関係どころかこの因果地平を飛ぶ間に仲良くなった異星人同士のカップルまで生まれ、更にはうまくゆかなかった恋人同士も仲良くなってみんなで宇宙を飛ぶ。
その先頭には異星人の父母を持つメシアがいる。
カンタータ・オルビスの合唱が響く中、新しい地球に到達した魂たちはその海へと一気に下りてゆく。

非常に感動的なラスト10分だった。
改めてこの映像をみながら胸がいっぱいになるのを感じた。
やはりイデオンは素晴らしい。
この作品が世にあってよかった。
感動が新たにわきだす。
作品として途轍もなく好きなのはこのイデオンだということを、わたしは隠せない。

長々とこの感想を続けたが、やはりイデオンは素晴らしかったと改めて思った。
兵庫県美術館では12/22まで。
以後巡回がある。


富野由悠季の世界展に行く その5

ようやく第二部のガンダムとイデオンに来た。
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まずは1STガンダムから

キャラ原案図が並ぶ。
シャアがいる。ファンなのでやはり嬉しい。
実は富野監督はこのヴィジュアルは予想していなかったようだ。
しかし安彦さんと組んだ「ライディーン」で既に仮面の美形キャラであるプリンス・シャーキンがいる。
シャア以降、美貌を仮面で隠すキャラが定着したようにも思われる。

安彦さんのoriginでは士官学校の入学時に眼が弱いという理由でサングラスをかけたシャアが、学校の人気者と言うかカリスマとなった時、彼の信奉者の一人が動きやすいようにとヘッドギアを贈る。それ以後愛用するという設定で、ガルマがイラッとなるシーンも描かれていた。
思えばガルマは「坊やだからさ」と殺した当人にサラッと言われてしまったが、「ゴールデンカムイ」の鯉登少尉、「ポーの一族」のアランと共通する美貌の人だった。

大きめの画面で第一話「ガンダム大地に立つ」が上映されていた。
改めて第一話の面白さを知る。
アムロが機械関連に強く、設計図面、仕様書、取説などを見ただけで大体のことがわかる、という描かれ方をしていたのは当時はかなり凄いことだと思う。
1979年当時、コンピューターの描写は松本零士作品のように巨大な空間全体がメカメカしているのがメインだったように思う。
パーソナルコンピューターはあったが、浸透するのはまだもっと後年のはずだ。
だがアムロは既にそれで遊んでいた。
そして21世紀の今の方がアムロはリアルな性格なのだ。
そんなことを思いつつ、やはり第一話の面白さに滾る。

壁面には安彦さん描く名画が並ぶ。
「戦場で」「哀戦士」などの名作である。
ジャケ買いという言葉があった昔、LPアルバムをジャケットで選んで買う人も一定数いたそうだが、安彦さん描くイラストのアルバムは本当に魅力的だった。
イメージ (2449)

わたしは「遅れてきたガンダムファン」の一人だ。
1979年当時、そもそもアニメを見ていない。
1980年のイデオンも見ていない。1981年、ガンダムの再放送と熱狂的な支持が世間に広まった頃に奔った。
これは実は個人的な裏話があって、当時の友人の姉上が同人誌活動にいそしむ今でいうフジョシだった。
彼女から借りたのが「シャア出世物語」。元祖18禁二次創作小説だった。
まだ読んではいけない年齢だったが、ここから今に至るまで全く変わらずその世界が好きなので、これはもう死ぬまで変わらないと思う。

話を元に戻す。

大河原邦男さんのメカの設計図などは以前に八王子夢美術館などでの大河原邦男展でも見ている。
当時の感想 「大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム」
わたしには図面を見て立体可視することはムリなのだが、おそらくこれらの図面で実際に三次元的な構造性を持てると思う。

ガンダムにおける様々な愛を取り上げている。
マチルダさん、ランバ・ラルとハモンさん、カイ・シデンとミハルの悲恋などなど。
間にいきなりグフの画があるのでどきっとした。
ここには出ていないが、ガルマとイセリナの悲恋もある。
ランバ・ラルとハモンさんの大人の関係はとても素敵で憧れた。
安彦さんの描いたORIGINでは彼らのキャラの深い掘り下げがあり、かれらへの愛着・同意する気持ちがおこった。

二十歳そこそこで政治の季節を迎えた安彦さんは、数十年後に自らの史観を作品という形で世に贈った。
それらについては以前にこちらのブログに記してもいる。
現在の目で見れば、ランバ・ラル、ドズル兄さんといったキャラの在り方こそ、安彦さんの描きたかった人物なのだとわかる。

映画3部作のポスターが並ぶ。そう、みんなブルーで統一。とても清々しかった。
ところでこちらは劇場版がリリースされた当時の雑誌ふろく。
イメージ (2443)
この中には色んなアニメ関連の小さいグッズを入れていた。ちょっとしたお宝。

劇場版で描き足された絵が一枚出ていた。
シャアとララァがくつろいでTVを観るシーンである。
当時この絵はアニメディアで挙げられていた。
そしてこの展覧会ではっきりとこのシーンのニュアンスが記されていた。
「ララァと寝た翌朝の気分」ララァが甘え、シャアがそれを許しているという、二人だけの甘い空気感。
富野監督は二人の関係性を大事に見ていて、このシーンを入れたのだ。
そして声優にも細かく指示した。
シャアの池田さん、ララァの藩さんにもきちんとそのニュアンスを伝え、二人は甘いムードを醸し出していた。
当時子供だったわたしにも伝わる甘い香りがあった。

他方、originで安彦さんは別な解釈をされた。
ララァが処女でフラナガン機関に行くまで、その能力のみをごろつき共に搾取されたという設定である。
これにはびっくりした。
富野監督だけでなく、同人誌などでもララァは生活のために身を売っていたのをシャアに見いだされ、というのが大方の解釈だった。
わたしも中学生ではあったが、ララァは身を売っていたのをシャアに救われたと見做していた。
人には様々な見方がある、と改めて思った。
今ちょっとoriginでこのシーンがどうだったか読み返せないので検証できないのだが。

富野監督の設定に戻る。
ララァがシャアと寝ていたことで、あのアムロとの魂の交流で「あなたは来るのが遅すぎた」という台詞が成立し、やがてシャアとアムロの戦いに割って入ったララァが戦死するという痛ましい状況に陥る。
このエルメスのコクピットを貫くシーンは非常に衝撃的であり、かつ深い魅力があった。
辛くて仕方ないのだが、アニメーションとしては素晴らしい出来なのだ。
このシーンと首なしガンダムのシーンは「めぐりあい宇宙」の中の白眉だ。

展示されてはいないが、安彦さんのこの絵も素晴らしくいい。
イメージ (2440)

後年の話だが、十年前に杉並アニメーションスタジオに行った際、くじ引きでガンダムの卓上カレンダーが当たった。
安彦さんと大河原さんの原画によるカレンダーである。

img652.jpg img651.jpg
クイックしてください。

ガンダムの登場によって世界が変わった、そのことを改めて思う。

続く。


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