美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

横山大観と木村武山 革新から、核心へ

野間記念館では2009年以来久しぶりに「大観と武山」展を開催している。
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大体ラインナップは似ているかな。
当時の感想はこちら

同じお仲間とはいえ、大観に比べると武山はあまり知られていない。
春草は目立つし、観山も話題作が多いが、武山はなんとなく知る人ぞ知る的な感じがある。
しかしいい絵を描く人なのは確かで、ここでも名画がいくつもある。
ただ、所蔵し、展示する場が少ない、という不運がある。
その意味では野間記念館という存在は本当に尊い。

最初に武山の「富士百種」から四点が出ている。
いずれも1928年。これはなんばの高島屋が同年の七月七日(七夕!)から28日まで「霊峰富士山大博覧会」のために制作されたもの。
講談社主催。高島屋の全体を富士山に見立てて、1Fから6Fまで写真展示などで登山道の雰囲気を作り、6Fと8Fにこれらの絵画作品(色紙)や富士山の模型や絵図、秩父宮さまの登山のグッズなどを並べたそうだ。
これは大変な評判を呼んだと高島屋史料館の資料で見ている。

武山の富士は四季の頂上周辺の様子である。
白い雲の上にゼリーのようにプルンとしたものが出ていたり、かき氷のようなのは夏なのか、白のみ・青のみもある。

武山 春暖 八つ手の葉っぱに瑠璃鳥がいる。葉っぱの外線がみずみずしい。
新芽が伸びている。たらしこみも使って表現。

大観 白鷺ノ図 大きな笹の葉の下にいる。トボケた表情をしている。
ちょっとばかり星新一描くホシヅルにも似ている。
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武山 錦魚 金魚です。白睡蓮の咲く池に赤いのが二匹潜む。
金魚の絵は後に出てくる12か月色紙シリーズでもよく出てくるので、好きなのかもしれない。

大観 松鶴図 六曲一双屏風 左右に一羽ずつがいて毛づくろい。シンプルな構図ながら祝い事などにふさわしい、立派な屏風絵。

武山 鴻門の樊噌 雑誌「キング」1930年12月号「世界史上の華絵巻」として項羽と劉邦の大きなエピソードの一つ・鴻門会の情景を描く。
この樊噌の力強さ。目なども怒っているが、その瞼の形と握りしめた拳とが似ているのも面白い。
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武山 金波 男波の頂点の上に日輪がのぞく。その日の左側はトルコブルー、他は金泥の濃淡で表現されていて、幻想的。

大観 飛泉 「墨に五色有」を標榜した大観らしい墨絵。巨大瀑布を描く。滝は右向きに力強く流れ落ち続ける。松にも垂れ下がる植物があるのが、その松の長い時間を感じさせる。
大観、応挙の滝の絵などを見ると、実際にマイナスイオンを感じるような気がする。とても涼しい。

大観 月明 これもまた「墨に五色有」。濃淡で距離感・空気感が見事に描かれている。月はとても小さく遠いのに、その明かりが松まで照らし出す。
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大観 訪友 中国の高士が山中の友人に会うという図。木々の中にある白いシンプルな建物。そこから少し離れたところで立ち話をする二人。ぼうっとにじむような霞むような様子がいい。
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大観 夜梅 こちらも「墨に五色有」にさらに淡彩。黒い枝が伸びた先に白い梅が咲く。これはもう梅が「夜香」の花だということを改めて知る、そんな空気感がある。
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大観 春雨 これは大きな絵で実は本当の春より初夏に見るのが好きな絵。
大きな縦長の空間に桜と松と椿が見える。山の中、杜鵑が飛ぶ。峡谷の美。

生々流転のコピー絵巻が出ていた。
これはなんと1924年3月発行のもの。大震災の半年後に発行されたとは思えぬほどよく出来たコピー。
こんな立派なのを拵えたことで、復興気分が大きくなったそうだ。

その震災の炎上図もある。これは多くの画家に描かせたもので、表紙絵を大観が担当した。
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大観は今もある池之端の自宅を下谷郵便局に貸し、被害がなかったこともあり本人が威勢よくシリッパショリをして避難民の人々の救援をしたそうだ。

第二室へ入ると、富士山の絵が並んでいたが、それよりなにより目を惹くのが武山の観音図。
とても若くて美人の観音がパステルカラーのような色調でカラフルに描かれている。顔を挙げた若き観音の美貌と華やかさ。とてもいい。
そしてその向かい合う位置には同じ色調で描かれた「慈母観音」がある。
こちらはやや年長で、そして足元の幼児を見る優しいまなざしがいい。
こんな美貌の二人の観音図をこの配置で見ることが出来たのはとても嬉しい。

随分前にブリヂストン美術館で武二「天平時代」の美人と青木「わだつみのいろこのみや」とが戸口を挟んだ左右に配置されるという絶妙なものを見たが、それ以来の心地よさ・魅力を感じた。

第三室では仏画がメイン。
大観 千代田城 霞む松がしっとりしている。

武山 神武天皇 久しぶりに会う一枚。
この神武の飾り物もとても丁寧に表現されている。
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武山の八幅対の仏画が並ぶ。1932年
観世音、虚空蔵、文殊、普賢、勢至、大日如来、不動明王。
それぞれ紺地金泥、彩色の豊かなもの、金泥地に抑えた彩色のもの、と表現が変えられているのもいい。
これらは武山が大日堂建立を志した時に野間清治が賛助金を出したことへのお礼らしい。

最後の部屋は圧巻の十二か月色紙。全て武山揮毫。
1927、1928、1930、1932には4種も描いている。
花鳥画、虫も出演と言うものだが、月次図ではあるものの雀の出現率がとても高く、その愛らしさはチュン死するレベルである。
あまりに可愛すぎてこちらは振り回されてしまった。
くーーーー!チュンチュン言う奴らが小首をかしげてこっちを見ていたりすると、もぉ本当に可愛さにイライラするくらいだ。
それでもう「えーい、引っかからないぞ!」と知らん顔をしようとした途端、筍の影から無心に出てくる雀の絵を見てしまうのだ。
ヒーーーッ

あああ、可愛すぎてクラクラした。

5/21まで。

2017.4月の東京ハイカイ録 その3 東京お花見終わり篇

さて月曜日、4/10の東京にいるわたくしです。
定宿の朝ごはんの支度をするのは平日係・土日係と二人いらして、わたしは特に平日のKさんと仲良し。
最近平日にここにいないので、数カ月ぶりに再会。
「あらー」「やーやー」とか挨拶し、桜の話をしたりなんだかんだ。
ついでにちょっとお手伝いをしたり。

送迎バスで東京駅へ行き、いつものロッカーに荷物を放り込んでからお出かけ。
今回は二重橋まで歩く。丸ノ内勤務の人々に混じり、マジメそうな顔で歩くわたし。
自分の性質から考えると、到底丸ノ内界隈で勤め人なんてムリ。
大阪でも本町、淀屋橋、堂島界隈はムリ。
今の郊外にある、世間よりゆるい会社でないと到底ムリ。

乃木坂へ。今回は乃木神社にも行かずそのまま国立新美術館へ。
ムハ展と草間彌生展とをみる。
まさかのもしかでムハの超大作「スラブ叙事詩」連作が全部来日。
既に行かれた方々はオペラグラスを推奨されたので、わたしも持ってきた。

予想以上に巨大。
うそやん、と言いたいくらいの大きさ。どうやってチェコから持ってきたん。
オペラグラスをのぞくと、真正面を向いて大きな目を見開く人々が多数いることに気付く。
ビザンチンみたいな表現もある。うわーっという感じ。
とはいえ、巨大作品は見るのに時間がかかりすぎ、しまいに何を見てるのかわからなくなってきた。
離れて大体を把握し、細部をまた見直すという作業を繰り返し、ようやく観たものが脳に入るが、思ったことは「よくここまで描いたな」これが素直な感想。

今回、日本へのサービスか、なんと撮影コーナーまである。
スゴイなあ。

ムハがチェコに帰ってこの作品を制作しだした頃の美術界の潮流は、既にミュシャでありムハであるこの人を過去の人にしてしまっていた、と聞いたことがある。
しかしその時代はともかく数十年後の今、やはりその情熱に打たれている。
かれの絵は日本ではずっと愛され続けている、という事実がある。
1980年代初頭頃でも既にミュシャは日本での人気も高かった。
彼にインスパイアされた少女マンガ家も多い。

アールヌーヴォーの花形だった頃の作品は堺市から来ていた。
そう、堺市のミュージアムから。

うなりながら次の彌生展に行く前に地下へ降りる。
お弁当を食べる。相席するご婦人方皆さんミュシャ見終えたところ。
そして全員この後に草間彌生展に行く、と言われる。
空腹のままあの水玉世界に入るのはまずいわけですね。

「わが永遠の魂」展。
噂通り物販行列が長い。わたしにはムリな行列。
そこで入った途端にこんなオブジェが。



観客は年輩の人々がマジで多い。
現代アートが老人層をここまで呼ぶのか。みんな草間彌生の生命力に肖ろうというのか。
皆さん熱心に見歩き、しかも解説を聞いては頷いている。
現代アートがニガテなわたしと大違いである。
草間彌生と同世代より少し下くらいの観客。そうか同時代なのか。
そういえばうちの親なども大江健三郎はよく読んだと言うが、あれらは同時代というくくりもあるわけか。

作品は鏡の通路に無数の照明が、というインスタレーションが特によかった。
あとは大阪を拠点にするクリエイティブユニットgrafとのコラボ作品の黄色と黒のシマシマリビングセット…
♪六甲おろしに颯爽と… 脳内で歌が響く。

そういえばわたしはむしろ彼女の文学作品がいいと思っている。
その紹介があったのは嬉しい。

六本木からは銀座経由で上野へ。
東博「茶の湯」特別展の内覧会。

まず見せ方に魅せられた。
佳いのが集まるのは当然ながらさすが東博、所蔵先では見せない面を露にして新たな魅力を引き出していた。
そしてこの取り合わせ!という配置もあり、そこに惹かれた。
可愛い香合らがレトロなガラスケースに納められているのもいい。
ある意味、平成館そのものが茶箱に変身したのかも♪
内覧会は混雑が凄いからじっくり凝視にはいかないけど、次は夜間に行く。
そして一つ一つと対峙し、心の対話を楽しみたい、そう思わせてくれる内容だった。
展示替えも多いから好きな人は何度か足を運ぶことになる。
大阪の美術館からもたくさん来ていた。関東では根津、常盤山も多々。
こういうのが一堂に会する、というのは凄いわ。
とはいえ、逸翁なかったような。



椿も咲いていた。
珍しいところでこんなのも。


四時になり帰る。
ちょっとばかりドトールでくつろいでたら五時のおしらせが聴こえる。



また来月までサラバ。

2017.4月の東京ハイカイ録 その2 やっぱりお花見篇

日曜日、朝から雨、花の雨。
「花の雨」と言うたら子母澤寛の小説があるな。家にあるが未読。
御家人・鉄太郎が彰義隊に参加する話だと言うが、なんだか可哀想なので読みにくい。
わたしは滅んでゆくものが好きだが、心の痛みを伴うので、万全の態勢をとらないと読みにくいの。
そらもう勝てば官軍の薩長より滅んでゆく連中が好きだ。
子母澤寛の小説は「突っかけ侍」「おとこ鷹」などなど江戸侍の話が特に好きだ。

さて朝のうちに定宿に荷だけ持って行く。しかし受付が新入社員でもたもたしてるのでとりあえず預けただけ。
ここから乗り継いで春日につくが、シビックセンターは大きいので春日からでは遠いな。やはり後楽園が近いか。
Bーぐるバスに乗る。最近はここから11番の目白1丁目にゆく。礫川公園も桜は綺麗。

野間記念館へ。


お向かいの東京カテドラルが借景





大観と木村武山をみる。特に武山の美人な観音さんと色紙の雀らにヤラレた。
首傾げてこっち見る奴らにズキッとなって、もぉ引っ掛かれへんぞ!と強く首曲げると、筍の陰からピョンと飛び出た雀の横顔に遭遇!
たまらんわ、あの可愛さ。捕まえて伏見のねざめ家に売りに行くぞ~!←むごい…

機嫌よく歩きますと今度は椿山荘。

椿大好き。



お昼食べてから電車を乗り継いだのだが、なにをどう間違えたのか気付けば東大前ではないか。
弥生美術館。
これは困った。本来弥生には根性入れてからゆくのに。
3/24にここで平田弘史展をみてからまだ十日足らず。
全く真逆の長沢節を見ることになった。
受付さんとお話しすると、わたしの平田弘史展の感想ツイートを引用ツイしはった会田誠さん、本当に来られたそうな。
きゃっきゃっ♪

それにしても平田弘史、セツ、全く真逆の作品が同じ位置に並ぶのが、弥生美術館の幅広さ。凄いわ。
セツ展は2004年以来で、あのときもカッコよさにドキドキした。どの時代の絵も本当にカッコいい。
50~90年代、ブレなく一貫して痩せきった身体をシャープに描く。
とはいえ、セツの文は厳しく、わたしは映画評以外は読まない。
セツの美意識の高さ、ありようは峻烈で、わたしのような者が彼の作品を素敵だと言うと本人に厭がられるだろうから、感想を書くのは控える。
亡くなってだいぶ経つが、そんな風に思ってしまうほどセツはキツく、その分カッコいい。
そしてわたしは遠くでそっと、セツの描いた人たちに憧れるのだ。

夢二記念館では学芸員さんのギャラリートークを聞いた。


面白いなあ。
わたしはそこまできちんと見ていなかったわ。

再び根津に出て、今度は明治神宮へ。
太田記念館で「帰ってきた 浮世絵動物園」前期。何故かフランス人の団体がいたー
絵はもう面白すぎる。
鳥の客が吉原の妓楼で大喧嘩。染付の大皿がひっくり返り、タイのお造りが散らばり、タイのアタマが宙に舞う!
寿老に肘つきにされ困惑する鹿、餅屋の兎に筍売りの虎。
国芳の弟子の似たか金魚は人面魚として最凶のツラツキ、手拭いかぶりの猫の耳!
珍しや祇園井特の普通の美人と足元にいる超小型狆!
ああ、まだまだまだまだ。
面白かったわ。

次は京橋へ。加島美術で最後の渡辺省亭をみる。
いいもんです、とくに色合い。

この日は早めに切り上げる。ケーキ屋さんでケーキを買ってホテルで一人楽しくいただきました。
おいしかったなあ。

なでしこサッカー観る内寝落ち。この日はここまで。

2017.4月の東京ハイカイ録 その1 大いにお花見篇

また三日間ほど都内にいたわけですが、そのちょい前に首・肩・腕の痛みに負けてまして、これは定宿やなしに温泉つきのところに泊まった方がええかも、と初日は台東区の方に宿泊したわけです。
それでまたタイミングのええというかわるいというか、出かける前日にわたくし階段5,6段からすっころびましてやね、痛いうえに痛くなり青タンまで出来るという。
ほんまにかないません。

アイタタタなわたくし、新幹線もどういうわけか普段なら指定しないような席を取ってまして、しかし人が来ないのを幸いに三席分にのさばっておりました。
さてわたくしのような大阪―東京を往来する者にお得なEXICカードの特典の一つに、メトロと都営の両線乗り降り自由なきっぷ、24h、48h、72hの三種ございますが、それぞれ安く手に入るわけです。
販売先は丸ノ内線の東京駅と日本橋駅のそれぞれサービスセンターというのか、そこね。
そこへアイタタタと言いながら向かいまして、来月分のを購入。今月のはもう持ってるからええわ。

古い町のわかりやすい所にあるホテルに荷物を預けて、早速上野へGO!
またあれだ、大通りから上野の森が見えるのだな。

上野の桜いろいろ。




「花の雨」というのもええもんかも、と小雨の中を西洋美術館へ向かって歩いたわけです。
まず目に付くのはロダンの彫刻ですな。
しかしこれは花の時季にはこう見えてしまう。

なんぎなことです。

展覧会の感想はそれぞれ後日に詳しく。
シャセリオー展。
ロマン派はええのう…ときめきましたわ。ロマン派から象徴派の流れが好きですわ。
絵も音楽も。
黒髪の女の圧倒的な眼差しの強さ、ドラマチックな構図、男性的なふくらはぎのよさ。 
見ていてこちらも気合いが入る。しかもシャセリオーの交友関係、影響を受けた人々の多彩さ、魅力的な時代にはそれに応じた素晴らしい人材が集まる。

うっとりして、もっと見たいと思ったところで2時間越えてて空腹に負ける。
これはあかんわ、といっそお山を離れようと下界へ戻るも土曜のランチタイム、空いてるところを探すのが難しい。
で、いっそカフェテリアへと。ここでエネルギー充填してから再度西洋美術館へ。

あとは「スケーエン:デンマークの芸術家村」展を見たが、怒涛のようなシャセリオー展の後に嘘も誇張もないようなマジメで堅い絵を見たのはちょっと失敗かも。
尤もクラーナハ展の後に見たりしたらどうにもならんので、これはこれでええか。

東博から藝大の桜まで。




下を見るとシャガ


次に芸大で雪村展。これはけっこう大和文華館の所蔵品のイメージが強いので、変な人物を見ても特に驚いたりはないけど、面白いことは面白かった。
ただ、醸し出すナニカに当てられてクラクラしたのは確か。
呂洞賓が出した煙から龍が出現したように、妙な煙にまかれたのかもしれない。
途中半時間ほどグッタリしたよ。動けず意識が飛んでしまった。
一休み後は布袋、唐子、寒山、虎らの機嫌のよい顔を見て、更には彼にインスパイアされた人々の絵もはっきり見覚えてるから、休めたのが良かったのかも。

上野桜木町をてくてく。
吉田屋酒店


道挟んだ隣のカヤバは今日も大人気。上野公園でも屋台出して人気。
昔々のおじいさん・おばあさんの味が伝えられ、更に大人気カフェになったのはほんまによかった。
レトロブームというのもブームではなく本物になったわけかな。

言問通りを延々と歩く。
桜咲くお寺が多いわ。新しいカフェも出来てた。時間があれば寄りたいが難しい。

根津から乃木坂へ。
階段に来たら不意に左手に綺麗な桜。
乃木神社の枝垂桜。

綺麗なあ。

その桜越しに目的地が見える。


更に中二階みたいになっているところへ上がると、風が吹いていきなり桜吹雪。

本当に綺麗かった。

来るのは9月だけだったからこんなに綺麗な桜があるなんて知らなかった。


てくてく歩いてミッドタウン。先にお花見をする。
エクレアなどつまみながらね。

野天カフェというのもいいものですな。
しかしすごい行列…
桜の他にこんな植込みもある。


ういらぶえまき。
絵巻マニア列伝に溺れる。すごいなあ。作品がいいのはわかっているが、その所有者たち・製作者たちのマニアぶりには唖然。
特にあの足利義持がたまらんな。
すごいわ。

美術館を出るとすっかり暗くなっていたので今度は夜桜見物。




さてちょっと冷えるのでラーメンの温かいものを食べて…まではよかったが、普段あんまりラーメンを食べないので入った店のラーメンは普通だがセットのものがよくなかったな。

宿に帰りとりあえず入浴すると熱いのなんの。同宿の人たちと熱いですねーと言い合う。皆さん感じのいい女性ばかり。
身体の痛いのはこれでちょっとマシになったが、熱いわ。
そこではっとなったのが、行こうと思っていた銭湯、そこも熱い可能性が高いのだよな。
痛い所に温熱膏貼ってる身としては危険すぎやん。あきらめる。
下見もしたが残念。今度元気な時に行ってみよう。


和室に布団という自分としては珍しい宿に泊まったので、早速布団に蹴躓く。アイタタタ。
まぁこれはこれでいいさ。
というわけで第一日目ここまで。

江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-

江戸東京博物館で「江戸と北京」展を見た。
正式タイトルは「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」。
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そう、江戸も北京も都市機能が充実し、政治的な首都として大きな顔が出来るのはその時代以降ではないかと、ぜーろくのわたしなどは思っている。

江戸も北京もどちらも同じ時期に首都になった。
徳川幕府の成立と明を滅ぼし清朝を開いた時期の一致は、しかし偶然だと思う。
偶然だが、時代の転換期というものがこの東アジアに起こったのは確かだ。

司馬遼太郎の最後の小説「韃靼疾風録」は将にその時代に活きる人間を描いている。
平戸藩のはぐれものの武士が韃靼の公女をかの地へ送り届ける使命を藩主から受ける。
かれはその地で厚遇され友人として迎えられるが、藩主からの帰還命令を待ち続けるうちに、日本の鎖国令を知るのだ。
公女を妻としたかれは、明人として故郷の平戸へ帰還する。
妻は日本の暮らしを喜ぶが、却ってかれはあの草原を想う。

「江戸と北京」というタイトルを聴き、その都市生活の比較と共通点を見出す展覧会だと知った時、わたしの脳裏に「韃靼疾風録」が浮かんだ。
とはいえ小説ではどちらの地もさして深く厚く描かれることはない。
ただ、どちらも新政権の首都としてそれより後、発展し続ける。
現在もまた共に首都として大きな存在であり続けている。

展覧会の狙いはこちら。
「江戸の人口が100万人を超え、都市として発達を遂げた18世紀は、北京が清朝の首都として最も繁栄を極めた時代でもありました。日本と中国には文化交流の長い歴史があり、江戸時代の「鎖国下」においても中国貿易は公認され、長崎を窓口として、文物の流れが滞ることはありませんでした。
 本展では、18世紀を中心に、江戸と北京のなりたちや生活、文化を展観し比較します。これまで清朝の芸術や宮廷文化に関する展覧会は数多くありましたが、北京の都市生活を江戸と比較する企画は、今回が初めてです。展示を通じ両都市の共通性と差異を明らかにすることによって、友好と相互理解を深める契機にいたします。」

都市の内部へ入り込んでゆこう。

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第1章 江戸・北京の城郭と治世  Section One: The Fortifications and Government of Edo and Beijing
様式は異なるがどちらも城郭があり、それが中心となって都市が繁栄した。

江戸名所之絵(江戸鳥瞰図)A bird's-eye view of Edo 鍬形蕙斎/画 1803年(享和3) 1枚 江戸東京博物館
江戸城内廓絵図(惣廓御内之図)Ground plan of the inner bailey of Edo castle 江戸後期 1枚 江戸東京博物館
北京内外城地図(清朝の北京地図)Map of Beijing during the Qing dynasty 趙宏/画 清 1枚 首都博物館
これらの資料で大体の都市の大きさなどを把握する。

明清北京朝陽門城楼模型(朝陽門上の楼閣の模型)Model of Beijing’s Chaoyangmen gate tower as it appeared during the Ming and Qing dynasties 1点 首都博物館
この模型は木製。巨大な城郭のごく一部なのだが、その大きさを想像させるのに十分。

紫禁城の巨大さを感じたのは「ラストエンペラー」の映画だった。
そしてその二千数百年前が舞台の「始皇帝暗殺」でも、中国人が巨大建造物を拵えるのを厭わないのを見たように思う。たとえ後者はセットであっても。

萌葱地葵紋付小紋染羽織 Haori jacket belonging to TOKUGAWA Ieyasu 徳川家康/所用 江戸初期 1領 江戸東京博物館
とても細かな文様。この小紋は凄いわ。

梨子地水車紋散蒔絵三葉葵紋金具付糸巻拵 Sword presented to DOI Toshikatsu by the second shōgun, TOKUGAWA Hidetada 17世紀前半 1点 江戸東京博物館
秀忠と土井利勝の関係性がみえるね。

東直門出土瓦当(軒先を飾る瓦の先端部分)Roof tile excavated from the site of Beijing’s Dongzhimen Gate 清 1点 首都博物館
正陽門正脊上銀質圧勝宝盒(正陽門に納められた鎮具類)Silver treasure box from the ridge of the Zhengyangmen Gate 明 1式 首都博物館
獣面緑瑠璃瓦 Green glazed ridge-end roof tile (in form of animal’s head) 清 1点 首都博物館
黄瑠璃獣頭 Yellow glazed roof tile with dragon design 清 1点 首都博物館
黄瑠璃龍紋瓦当(先端に龍の装飾文様をもつ軒先を飾る瓦)Yellow glazed eave-end tile with dragon design 清 1点 首都博物館
やきものの色合いがとても綺麗。グリーンというより黄色がかった緑の獣面、獅子の横顔が黄色めのもの、なかなかコワい竜の顔など。
こういうものも間近で見れて楽しい。

明黄色納紗彩雲金龍紋男単朝袍(雍正帝の礼服)Yellow garment with embroidered polychrome design of golden dragon and clouds. Formal robe worn by the Yongzheng Emperor for state occasions 清 1領 故宮博物院
黄色は皇帝の色、龍も5本指が皇帝の印だったかな。サテン地。

鉄嵌緑松石柄金桃皮鞘腰刀(乾隆帝所有の腰刀)Imperial sword that belonged to the Qianlong Emperor 清 1振 故宮博物院
トルコ石の嵌め込まれた刀。

「乾隆八旬万寿慶典図巻」(下巻)The Qianlong Emperor’s eightieth birthday celebrations
1797年(嘉慶2) 1巻 故宮博物院
長い長い絵巻。5頭のゾウの行進まである。6頭めのゾウはなかなか来ない。登春台には時計も設置。乾隆帝の頃の時計は根津美術館にも展示されているがモノスゴク豪華である。
皿廻し、お手玉といった雑技もあり、あちこちで演奏も。
ゾウ像、桃の献上、花にまみれた門の設営、薔薇の這う亭では二胡に笛の合奏もある。
これは乾隆帝80歳のお祝いの様子を描いたもの。
緻密な描写で細部にまで神経が行き届いていて、山口晃くらいしか今ではこんなの描けないでしょう、という凄さ。鼓笛隊もいる。とにかく凄い規模だったことは間違いない。
観ていて本当に面白かった。

これを見ただけでもよかったわー。

第2章 江戸・北京の都市生活  Section Two: Urban Life in Edo and Beijing

熈代勝覧(日本橋繁盛絵巻)The Kidai Shoran (picture scroll depicting the prosperity of
the Nihonbashi district)1805年(文化2) 1巻 ベルリン国立アジア美術館
おお、久しぶり…と言いたいところだが、現物は確かに久しぶりだけど、有難いことにこのパネルを見る機会があるところが嬉しいね。
観ているだけで江戸の活気を感じる。

要するにわたしが山水画に関心がないのは、俗っ気がないのと活気がないのがしんどいからだろうなあ。

胡同の模型、江戸の長屋の模型などを見る。
四合院模型(二進式)Model of a Siheyuan or ‘courtyard house’ 1点 首都博物館
割長屋・棟割長屋模型
Model of the ‘row houses’ that provided cheap accommodation for townsmen during the Edo period 三浦宏/製作
三浦さんの模型は一葉記念館などでもおなじみ。
すばらしいなあ。

ここからはもうタイトルにこだわらない。

たくさんの看板がある。
黒木猴(帽子屋の猿看板) 可愛いやん。
路上の床屋さん、両替屋さん、酢屋さん、質屋さん、塩屋さん、薬屋さん、靴屋さん、とわかりやすいのが続くが、次がさすが北京。
回民小吃幌子(イスラム教徒用の軽食店看板) フイフイ教と言うてたかな、確か。
こういうのを見るのは本当に楽しい。
日本だと天理参考館に北京の看板がたくさん集まっていた。
都市生活の消費には目立つ看板が必要なのです。
大阪のように遊び心?満載のもあるかな。

お江戸の看板は浪花と江戸ではまたちょっと違ったのだったかな。
それぞれ集めているのをみている。
くらしの今昔館、深川江戸資料館、看板ミュージアム…

満州族の女性のオシャレグッズが出ていた。
以前に清朝末期の西太后の化粧道具などを見ているが、そこまで贅沢でなくても綺麗なものが揃っている。
唐、宋、明、清と大発展を遂げた時代は都市生活の楽しみを極め、また問題も多く抱えた。

日本の浮世絵は庶民の暮らしを映す。
そのまんまというわけではないがリアルなところも多い。
国貞、歌麿、清長の作品が出ていて、街中で暮らす人たちの年中行事が描かれていた。
お食い初めのセットは大正のものが出ている。

月次行事の楽しみもある。
お花見、お月見といった風情を楽しむものから雛祭、端午の節句など子供の成長を願うものなど。
また中国の重陽を楽しむための色々なものも出ていた。

それにしても満州族の可愛い靴。彼らは漢民族と違って纏足文化はないので(騎馬民族がそんなのしてたら馬に乗れんよなあ)自由な足だが、それを収める靴がなかなかの拵えだった。
盆底鞋(満州族の女性靴) 字の通り、底がスゴイ。木で出来たカナてこみたい。ローマのコルティジャーナ・オネスタ、吉原の太夫が外を歩くときの履物みたいでしたな。
男性用のもなかなかいい。

筥迫が二つばかり。どちらも可愛い拵え。わたしも小さい頃は筥迫を着物の胸の辺りに差し込まれていたな。実際に入っていたのはティッシュくらい。

北京の子供向けの虎頭帽が可愛い。虎の顔の帽子。変な虎やけどベロ出してるのもいい、これは魔除けのベロ出しかな。可愛いわー
虎の靴もあるし…
これはあれやな、元祖・阪神タイガースのファングッズやな!!!←チガウ

正月風俗を描いた絵を見ると、北京では一家で餃子づくりにいそしんだりするのか。
そういえばわたしが最初に中国の正月行事てどんなものかを知ったかと言うと、横山光輝「狼の星座」の馬賊の人々の様子だったな。
あれは20世紀初頭から戦前の話だけど、人々の正月風景はなかなか変わらなかったようだし。

過酷な科挙にも抜け目のない奴はカンニングをするようで、そんなのも出ていた。細かい字だ。。。

閙学童図(学習中に騒ぐ学童) 可愛いぞ、こいつら。どこにでもヨダレクリはいるものさ。

猫式端石硯 わっ黒猫!!可愛い!土方久功の彫刻ぽいがなんとも愛らしい!

寺子屋に入る子供は自分で机を持ってゆくのだけど、その現物があった。
「寺子屋」はもうわたしはやっぱり芝居が思い浮かぶが、勉強の様子などは岡本綺堂「半七捕物帳」などにも詳しい。

北京はさすがにコオロギの遊び方が発達してるからその檻などもなかなかのもの。日本はそこまでないか。

あっ鳩笛がある。黒くて小さい。
鳩笛と言えば楳図かずおのモノスゴーーーーく怖い話があるよな…

京劇の衣裳などがある。わたしは「覇王別姫」を思い出してちょっと泣くよ。
先般、逸翁美術館でも中国の芝居の隈取をたくさん見たなあ。
あれも面白い展覧会でした。

それに対して江戸は歌舞伎。
大道具の様子の絵もあった。

中国の相撲は服を着ながら何組も同時にしているようだが、これは漢民族のかモンゴルのかがちょっとわからない。
フジタも中国の相撲取りの絵を描いているが、あれもモンゴル風にも見えた。
そうそう白鶴美術館の壺に相撲なのか格闘技なのかの絵が描かれたのもあるし、水滸伝でも実は浪子燕青は相撲の名手でしたな。

一田庄七郎の籠細工の絵がある。これを最初に見たのはINAXでだった。
見世物好きなのはあのころから変わらない。

江戸ではウズラ合わせがブームだったそうだ。
その絵があるが、本当にわたしはこないだまでウズラ合わせを知らなかった。
鳥がニガテと言うのもあるが、まあウズラが鳴き声の美声なことは、知らなんだ。屏風絵になっているが、品評会というか戦いの日なのでなかなかたくさんのウズラが集まっていた。

第3章 清代北京の芸術文化  Section Three: Art Culture in Qing Dynasty Beijing
乾隆帝の頃を頂点とした工芸。絵画は明末からの絵師も多く、いいのが揃っていた。

八大山人の叭叭鳥の絵がある。目つきの悪さが可愛い。
沈銓の鹿ップルの絵もある。
どちらも日本で愛された絵師たち。

工芸品の見事なのもあった。
ああ、やっぱりすごいわ、18世紀。

とても楽しい展覧会だった。
4/9まで。
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