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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2020年元日、手塚治虫記念館に初詣

阪急宝塚線の沿線に長らく住まうので、子どもの頃から宝塚と言う地は慣れ親しんだ「行楽地」だった。
小さい頃は宝塚ファミリーランドで遊ぶ。遊園地、水族館、動物園に温泉まであった。
そこで楽しく遊んでから一旦特急で梅田に出て新阪急ホテルのバイキング・オリンピアで晩ご飯というのが一日のコースだった。
これは祖母と当時わたしを溺愛してくれていたオジの決まり。
しかし歳月が経つと何もかもが変わる。
2020年、今はわたし一人で元日に宝塚へ出かける。

宝塚大劇場の開場に合わせてか手塚治虫記念館も元日は開いている。
去年は工事のためにお休みだった。
今年は開いているので楽しみに待っていた。

手塚治虫記念館へはいつも宝塚南口から向かう。一駅だけ乗るのである。そうすると上空からかつての宝塚ファミリーランドの跡や大劇場が見渡せる。
現実にはもう遊具は皆無なのだが、あまりに長年見慣れていたために、現実の風景の上に自分の見たいものが載って、昭和の風景に変わってしまう。
だが、それはここに限るので別に困りはしない。

南口からは武庫川を越える宝塚大橋を渡って、手塚記念館へ行くのだが、橋の途中からは大劇場が見えてくる。
いい景色である。

川には水鳥もいる。
橋の歩道には手塚キャラの陶板も埋め込まれている。
絶対踏まない。




おお、もう25周年なのか。


あけましておめでとうございます。

ある会員証のおかげで一割引き。
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スタンプを集めよう。

常設も楽しく眺め、映像では今日は永井豪の手塚話を少しばかりみる。
永井豪の展覧会も以前ここで開催されたことがある。
マジンガーZの頭部コクピットの再現があり、乗りましたわー。

今回は「手塚治虫のニャンコ」展。
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手塚作品にはかなりたくさんの猫が登場する。
可哀想な猫から擬人化された妖艶な猫などなど…
なおチラシの猫はこの話から。


そして会場はなかなか設えが凝っていた。
柱などがほわほわ。猫毛ですな。



原画の撮影は可能だがもちろんフラッシュは禁止、これは本当に守ってほしいし、絶対フラッシュはやめていただきたい。
パチパチと好きな作品を撮ったり、哀しい作品を眺めたりする。
お気に入りのシーンを少しだけ紹介。

笑えたなあ。大好き。

さらに猫を描いた他の作家のマンガの紹介があった。手塚るみ子さんのチョイスが素敵だ。
マイケル、小鉄、みかん、チビ、ツシマ…

企画展の後は映像などを見る。


制作費の大半をこの素晴らしいOPに注ぎ込んだと聴くが、このスケールの大きさにいつも胸がいっぱいになる。
そしてわたしは決してアフリカ大陸に行くことはないのだが、それはこの世界の素晴らしさが胸に入り込んでいて、そのイメージを壊したくないから、というのもある。

読書。先ほどちょっと知らない作品を見たのでそれを確認。
「ミニヨン」である。思った通り「君よ知るや南の国」から。
それからアンソロジーなどを読み、最後に「ミッドナイト」のまさかの最終回をみる。
これで終わり。いつもこの最終回を読んで帰ることにしている。
ミッドナイトよさらば。

今日は炭酸煎餅をお土産に手塚記念館を出る。また次の企画が楽しみだ。
そして今度は「花のみち」をゆく。


今日の綺麗な一枚「いばら姫」


今年もよろしく。

2019年にみたもの一覧

今年は例年になくひきこもった。
原因は親の不調と、それによるわたし自身が家庭経営をせざるを得なくなり、それが為に圧倒的に出かける数が激減したのであった。

以下、2019年に見たもの一覧。
一応200項目以上あるので見る方はこの後へどうぞ。

いい展覧会が多かったのに感想を挙げられなかったのが大半。我ながらがっかりである。
来年はもう少し何とかしたいとは思っている。
なお、それでも書けそうなものはおくればせながら挙げていこうと思っている。

せなけいこ展は楽しいぞ

うめだ阪急についにせなけいこ展が来た。
横須賀美術館で開催していた時行けなくて残念な思いをしていたが、阪急に来ると知って元気になった。
「ねないこだれだ」誕生50周年記念、と副題がついている。
チラシを見ると、おばけが面白いことを言っている。
「みないこはおばけになってとんでいけ!」
おお、こわい。
「ねないこは」じゃなくて「みないこは」か。
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せなさんの絵本はなかなか強烈な話で、ブラックユーモアなものもある。

幼稚園の時、この絵本をみて面白くて面白くて大好きになった。
当時のわたしは字もよく読めたので「小さい魔女」「つる姫」といった児童文学も大好きだが、幼児向けの「ねないこだれだ」と「いやいやえん」はこれまた大好きな本だった。
いい子の話はあまり好きじゃなくてだね、当時の幼児番組「ロンパールーム」のキャラでいう「困ったちゃん」だったわたしは困った子どもの出る話が好きだった。
「いやいやえん」のしげるもそう。
とはいえ「ねないこだれだ」のねないこが最後におばけになってとんでいけ!と足がおばけ形になって夜空を飛んでいくのを見た時には、さすがに「ヒーッ」になった。
しかしそれは怖くて「ヒーッ」になったのではなく、この子供がおばけになって消えた後、家の人はどうするのだと思ったのだ。
ちょっとばかり視点が違ったのかもしれない。

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せなさんが貼り絵の手法で作品を拵えているのはいつからか知っていた。
絵本を見ているうちに知ったわけだが、それでもそれが「貼り絵」だときちんと気づくまでには多少の時間がかかる。
今回こうして原画を見て紙の毛羽立ちなどを知り、嬉しくなったりする。
せなさんは特別な用紙を支度して作品に当たるわけではないらしい。
たとえばおばけと並んで人気の高い「めがねうさぎ」うさこちゃんの緑のチェックの服は鎌倉のお店の包装紙で、せなさんはそれがとても好きだそうだ。


このおばけとうさぎの競演も楽しい。
「おばけのてんぷら」などはもう最高。

ものすごくてんぷらが美味しそうなのだ。
特にレンコンと人参。
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なかなかせこいおばけ。
山の上で寝そべる姿も可愛い。
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しかしせこいおばけもうさこちゃんの破壊的パワーには負ける。
この後とんでもない展開がおばけに待っているのだ。

後年、水木しげる「悪魔くん」で、なぞの印度人が背中に飼ってる人魂を使って他者に憑りつく何かを退治するシーンを見たが、そこでは人魂はてんぷらにされて当事者に食べられた後、憑りつきものを固めて排出させる。
こちらの人魂はてんぷらにされてもあのおばけのようにはならないのだった。




せなさんは子育て中にこれらの作品を世に贈った。
「いやだいやだ」の女児はご本人が幼児期にもらった「もじゃもじゃペーター」が影響しているそうだが、「もじゃもじゃペーター」もたくさん問題を起こすルルちゃんも最後にはほんのりほっとする。
「いいこ」でいられないこどもたちには同じようなことをしでかすこどもが必要なのだ。



「ひとつめのくに」は落語から。せなさんのだんなさんは咄家。なんだかとても納得がゆく。
なかなかというかかなり怖い話だが、それをこうやってさらりと絵にする。

せなさんの絵本作家デビュー以前の作品が出ている。
今回の展覧会のために家探ししたところ色々と資料が出てきたそうだ。
幻燈のための作品など。

せなさんに貼り絵でゆけと背中を押した人がいて、その人はセロファンで作品を拵えていた。
セロファンも思えば以前ほどには見なくなった。独特の良さがあるのだがなあ。

それにしてもせなさんの作品は何十年経とうと面白い。
近年は娘さんも仲間入りして制作に励んでおられるそうだ。

グッズも楽しいものでいっぱい。
わたしはこのおばけだらけのファイル購入。
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他にもマスキングテープやいろんなものがある。
とても楽しい。
1/6まで。

創刊65周年記念 なかよし展に行った!

弥生美術館で少女マンガ誌「なかよし」展が12/25まで開催されていた。
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わたしなどは昭和の子どもなので展示の最初の方にきゅんっとなったが、本誌から離れた後でも「あっこれ知ってる」と言う作品が実に多いのに、改めて「なかよし」の底力を感じた。
「なかよし」は「りぼん」と並んで主に小学女児のハートを直撃した。
後に「ちゃお」も参戦して、今では三大雑誌になったそうだ。
なんでも90年代がいちばん勢いがあって200万部を超えたという。
月刊誌で200万部越えというのはすごい。
今は雑誌不況だからその勢いはなかろうが、それでも往時そこまで売れたのはやはりよい作品が多かった証拠だ。
常にどの世代の心に残る作品のある「なかよし」。素晴らしい。

「なかよし」は対象年齢が小学生主体で少し超えても中学生までだという。
それについてはかつて「キャンディキャンディ」で看護師となったキャンディが15歳になったところで、読者と年齢が乖離するからここまで、という話を「いきなり最終回」でのインタビューで読んだ。
実際わたしも「なかよし」を読んでいたのは「キャンディキャンディ」の最終回までだった。

展示は創刊号の頃の作品が出ていた。
手塚治虫「リボンの騎士」である。この作品は多くの雑誌掲載をしたがために色んなバージョンがある。
観ていると隣に立ったわたしより年配のご婦人方が「リボンの騎士」が大好きだった話を始めたので、少しばかり聴いた。
わたしは手塚作品はアニメから入っている。
そう、このご婦人方と同じく「リボンの騎士」から。大好きな作品。
今では再現できかねるようなレトロカラーが可愛い。

絵物語は勝山ひろしの愛らしい少女。1955年には彼の作品を見ない雑誌はなかったそうだ。
今では絵物語は消え失せてしまったが、少年誌にも少女誌にも存在し、名作物を読者向けに提供してくれもしたのだ。

今も現役イラストレーター田村セツコのキュートな表紙の時代も続いたそうだ。
今見てもとてもおしゃれだ。70年代初頭の時代の空気がここからも読み取れる。

そしてストーリーマンガ。
まずはホラーとスリラーとサスペンスとを少女マンガに定着させた最大の功労者の一人・高階良子さんの作品がきた。
「地獄でメスがひかる」このカラー原稿があった。水彩とカラーインクの併用。
ドクター巌の登場である。
天才医学者・巌俊明は複数の遺体から美しい部位のみを取り集めて新しい人体を製造した。その身体に自己の醜さに苦しむ少女の脳を移植するが、やがて精神状態がまともでなくなった少女自身の手により、元の身体は損壊され挙句は焼却されてしまう。巌の成果は灰燼に帰し、更にその少女への愛を自覚したときには、少女は自ら死を選んだあとだった。

この作品は後年続編が生まれ、大々的な連作「悪魔たちの巣」となり、主人公ドクター・イワオの本当の最期までを長い歳月をかけて描いていた。
高階さんにイワオへの愛着があればこその連作であり、その始まりはこの「なかよし」での「地獄でメスがひかる」だったのだ。
出ていたのはクライマックスの遺体炎上シーン。

次にわたしが最初に見た高階さんの作品「血まみれ観音」冒頭の2色カラーページが出ていた。
人面疽は薄いベージュ色で気持ち悪く笑っていた。
これは原作は横溝の「夜光虫」だが、後年原作を読むようになったが、実はこの「血まみれ観音」の方がずっと面白いのだった。
よくこの第一回目を読めたものだ。
それから今に至るまでずっと高階さんのファンだ。
これもみな「なかよし」のおかげだ。

「血まみれ観音」は謎解きの話に恋愛が絡まるのだが、読んでる当時は本当に怖くてどうなるかわからなくて、しかも主人公が殺人者だと間違われるのがつらくて…
こんな子供の頃から共感性羞恥の人だったのがこのことからもよくわかる…
近年読み返した際、背景に面白いものをいくつか発見した。ビアズリーの模写などを邸宅の装飾に使っていたのだ。
それに気づいたとき、嬉しかったなあ。

展示されていた本の表紙などもちょと挙げておく。
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何十年と持っているのでだいぶへたってきたが、それでも今も大事な本だ。

名前だけの紹介だったが、曽祢まさこさん「わたしが死んだ夜」も面白かった。今読んでもやはり面白いし、よくできた作品。
残念ながら曽祢さんの姉妹の志摩ようこさんの作品紹介はなかった。
「遠い日のミレーヌ」「白夜のナイチンゲール」「ロリアンの青い空」「リリアーナの黒髪」などなど名作が多かった。
原ちえこさんの「三つのブランコの物語」「フォスティーヌ」もよかった。

美内すずえさん「妖鬼妃伝」が「なかよし」連載だとは今まで知らなかった。
この美内さんと言えば集英社の昔の別冊マーガレット時代のホラー、白泉社「花とゆめ」での「ガラスの仮面」がすぐに思われるが、講談社でも仕事をしていたのか。それもこの名作を。
いつ読み返しても面白い「妖鬼妃伝」。つい最近もセレクションで刊行されていた。

さてタイプ変わって可愛い作品を。
たかなししずえさん「おはようスパンク」 これはもう可愛くてね。スパンクと愛ちゃんの楽しい日常を描いた作品はグッズでも人気があった。いいふろくがいくつもあったなあ。
ここにも当時のふろくが並ぶ。
わたしは犬より猫の方が親しいのでスパンクの可愛さをあまり享受しなかったが、それでも「なかよし」にこのマンガがあるのはいつも嬉しい気がした。
ただ、主人公の少女が途中で変わるのは知らず、今回そのあたりの様子が出てくるのを見てびっくりした。

「なかよし」は犬の出演が多い。
前述のスパンクもだが、今も続く「わんころべえ」も無論わんこだ。
そして「鬼灯の冷徹」のシロを主人公にしたスピンオフ作品。
…ここまで書いて気付いたが、講談社は犬が出てくるマンガの方が多い気がしてきた。
「BE LOVE」連載の「ハッピー」は盲導犬だ。
ネコが主体のマンガは「ホワッツマイケル」「ふくふくふにゃーん」くらいしかとっさに思い浮かばない。
他にもあるだろうが、ちょっと今は出てこない。
犬マンガの大家・高橋よしひろさんは別な出版社だし、谷口ジローも講談社では犬のマンガは書かなかった。

「わんころべえ」特集。あべゆりこさんの可愛い四コマ。わたしは勝手ながら「わんころべえ」はアメリカのスヌーピーと肩を並べるマンガだと思っている。

グッズ特集をみる。国鉄との規約で戦後のふろくは長らく紙がメインだった。
なので70,80年代は薄いふろくばかりだったが、色々と工夫が凝らされていてとても愛らしい。
途中から規約が変わったのでふろくの材質が変わりいろんなものが作れるようになった。

既に過去何度か弥生美術館ではふろくの展覧会が開催されているので見知ったもの、実際に自分が持っていたものも出ていた。こういうものを見ると色々と楽しい記憶が蘇る。

さてわたしが実際に読者だった頃の「なかよし」はこの辺りまでで、あとの展示は今になって初めて見るものが大半を占めていた。
だが全く知らないかと言えばそうでもない。
「セーラームーン」「プリキュア」「カードキャプターさくら」などは知っている。
そうか、どの時代も全てファンの少女たちが愛した作品が多くあり、それが世に広まったのだ。
だから今も続く。これからも続く。

撮影スポットには「なかよし」で描いた作家さんたちのサインボードもあった。


楽しい展覧会だった。

2019.12月の東京ハイカイ録

今年最後の東京ハイカイ録ですよ。

今、うちの母はあんまり具合が良くないので、今年は本当に出かけるのが減った。
二週間に一度訪問看護が来るから土曜の休みが全部使えなくなったのだ。
母が医者に行かなくなったせい。仕方ない。大枚払って訪問してもらっている。
とはいえ、特別悪いのはないのでまだマシか。
それで今回の東京行きと訪問日が重なり、支払いもあるので隣家のオバに頼んで出かけた。
そんなわけなので一泊しかしない。

東京駅のいつものロッカーに荷物を放り込んでからまずは弥生美術館へ。
思えば90年代初頭から長くここの会員となっている。
友の会会員とはいえわたしは何らかの会合に出たりしないので横のつながりは皆無だが、それでもこうして長くこの弥生美術館に通い、その繁栄を願っている。

今回は雑誌「なかよし」展。
昭和の子供であるわたしは、最初の展示だけでもう胸がいっぱいになった。
創刊号の頃の手塚治虫「リボンの騎士」、1955年の人気抒情画家・勝山ひろし、1970年初頭の表紙絵を担当した田村セツコさんらの作品は資料としてしかとらないが、その後に現れた作品がわたしのど真ん中だった。
ミステリとサスペンスとホラーの大家、わたしに最初に伝奇作品を教えてくれた高階良子さんの「地獄でメスがひかる」のカラー原稿と名場面の原画が出ていたのだ。
この作品は後年続編が生まれ、大々的な連作「悪魔たちの巣」になり、主人公ドクター・イワオの本当の最期までを長い歳月をかけて描いていた。
高階さんにイワオへの愛着があればこその連作であり、その始まりはこの「なかよし」での「地獄でメスがひかる」だったのだ。
ありがとう、「なかよし」。
この「なかよし」展については後日詳細を記す。例によって終了後になるだろうが。
他にも高畠華宵の雑誌表紙絵、夢二のセノオ楽譜の特集などもよく、いつもながらたいへん楽しめる展示だった。

久しぶりに弥生門から中へ入り、東大の中央食堂へ向かった。
次はみなとみらいへ行くので、ここらで食べておかないと困るのだ。
東大前駅界隈には何もないのでこうなるわけだ。
銀杏が舞い散っている。黄色い絨毯が広がる。
北大はエルムの木だったか、東大は銀杏がメイン。

久しぶりに地下へ降りると随分と様相が変わり、ポムの樹まで入っていた。
わたしは学生の邪魔にならぬようにしつつお昼をいただいた。
長居は無用なのでそのまま横浜へ向かう。

横浜美術館では「ルノワールと12人のパリを愛した画家」展が開催されている。
最近どうも洋画を見るのがしんどいので敬遠していたが、まあルノワールやパリというと元々好きなので、気負いなく見に入ってあっとなった。
オランジュリー美術館のコレクション展ではないですか。画商ポール・ギョームの関係していた作品群。
これは嬉しい。
20年ほど前パリに行ったとき、ルーブル、オルセー、モロー、オランジュリーなどを見て回ったが、いちばん好ましかったのがこのオランジュリー美術館とモロー美術館で、結局滞在中に二度もオランジュリー美術館に行ったくらいだった。
展示はいい選択なので楽しい楽しい。
特にマティスの作品群が非常に良く、自分がマティス好きだったことを改めて思い出させてくれた。
いやーほんまによかった。

更にコレクション展へ行くと福原信三やポール・ジャクレーなどの作品がずらーっっ。
結局これで大幅に時間がかかり、出たときにはもう暗くなっていて、イルミネーションがキラキラしていた。
そのキラキラも少しばかり楽しんで都内へ戻る。
途中下車しててん屋に入って晩御飯を早めにして、それから東博へ。

東博の東洋館で「人・神・自然」を見たのだが、これもまた「驚異と怪異」そのもの。
みんぱくの「驚異と怪異」はこの世のキワにいる(かもしれない)あやかしを集めていたが、思えば神仏もまた存在の不確かなものなのだ。
創られた姿は想像の産物に過ぎず、そのことに気づくと静かな恐怖が訪れる。
実際の展示を見ると、所蔵品からのチョイスなのだが、こういうコンセプトのもとで集まったからか、コワいコワい。
この展覧会を見ることが出来て良かった。怖かったけど…

本館に入ろうかと思ったが、翌日からの高御座の展示のためのセッティングを見て、もういいやになった。
なんしか月初に来ている。
また新年に来よう。

定宿につくとそのまま寝落ちしてしまった。疲れているのだなあ。
実は横浜美術館に入って楽しく展示を見ている隙間隙間に心を折られるような電話が偶然にも何本も入り、翌日は予定より早く帰ることになるのだ。
年末になり、病院の決算時期が来たらしく、計算ミスをやらかしていて、それでわたしに追加の支払いを言ってきたり、母親の具合についての話が輻輳したりと、本当に疲れる。


珍しく寝過ごした。
朝食に降りると顔見知りの担当さんが「ゆっくりですね」と笑う。
まあおかげでだいぶ楽。
佐倉に行くのでホテルに荷を預けて出かける。
わたしは本八幡経由。この方が合理的。

佐倉に着いたら予定より1時間遅れ。勿体ないことをした。
佐倉市立美術館で現存する銅版画家・小林ドンゲの展覧会を見る。
頽廃的なところもあるが、それ以上に幻想的であり、仄暗い官能性が際立つ。
特によかったのは連作「サロメ」「雨月物語」
初期作品には椿が咲き蝶が舞うが、今は薔薇と猫を愛しているそうで、ものすごくよくわかるというか、共感できた。

駅前の清祥庵で昼食。野菜がとてもおいしい。
女性客しかいないのも納得する。
満足してから電車に乗って都内へ戻る。

本所吾妻橋へ。てくてく歩いてたばこと塩の博物館。
写真撮影可能な展示、館蔵コレクションのポスター展。
これが楽しい。やはり商業芸術は一目で心を鷲掴みにしないとならないので、表現が強い。
それを面白く眺めたが、これで時間がかなりかかった。

本当は鹿島茂コレクションをみてから代官山のあおひーさんの展示を見に行く予定をしていたが、例の件で早く帰ることになった。更にやたらと雨が降ってきた。宿からそのまま東京へ。

見に行く先々みんなとても面白かったのでやはり時間配分が大幅にくるってしまった。
仕方ないとはいえ申し訳ない。
もう次回は年明けだが、また医者の来る日に当たるので、変更しないといけなくなった。
いつにしようか思案中。
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